2013年8月7日

カフェ女主人から教わること


前から気になっていたカフェ風甘味屋さんがあった。
中に入ることはなかったのだが、外から見る限り、壁やテーブルは白木のウッド。かなり狭いこじんまりとしたお店。幹線道路の近くで車の往来は多いものの人通りは少なく、一般的な住宅街でもなく、どこの駅からも歩けば10分以上。雰囲気が小洒落ているだけに、いったい誰が来るんだろう?と気になっていた。
たまたま通りがかったら、店の外には近日閉店の貼紙。「あと少しなので、よかったらお立ち寄りください。」と書いてあり、驚いて、初めて入ってみました。
外から見る以上に、中はこじんまり。くつろげる空間。
家にあるような本棚が目に飛び込んできた。そこには、小説、図鑑、児童絵本、文庫本・・・。ジャンルは多種多様だが、つい手に取りたくなるような感じ。ソファ―席とテーブル席があって、ソファー席には一人先客がいて、本を読んでいた。
お店の人は感じのいい女性が一人。
なるほど、こういう店だったのか。
お店全体に、この女性の優しさや温かみが溢れているのがわかる。

聞けば、その女性がご主人だった。オープンして1年だと言う。
本棚に並ぶ本はご主人の私物と、ご主人の知人友人からのもらい物だそうだ。
脱サラで始めたお店だそうで、駅前は家賃が高くて厳しく、人通りが多い場所は一人でやるにはお客さんに迷惑をかけるかもしれない、と選んだ場所だったそうだが、さすがに来店客が少なすぎて経営は厳しかったようだ。
来店客は近隣の人が中心で、リタイアされた高齢者の方が読書に、子育て中ママの息抜きに、昼食に、など利用されていたそうで、中には、ママ公認で学校帰りに来ていた子どももいて、お店で宿題をしていたと言う。
お店の雰囲気と家庭的なご主人の様子からうなずける話だ。

カフェをやりたい、事業を始めたい、新しい仕事を始めたい・・・
そう語る女性は少なくない。カフェの女主人なんて、憧れの仕事の一つだろう。
しかし、現実は厳しい。
このお店のご主人はどうか知らないが、一般的には扶養家族を持たない身軽な女性は、そうでない人に比べて、そういう夢を描きやすい側面があるかもしれない。
特に女性は、ビジネス・経営よりも夢を追いやすいと言われる。その分、感性に訴えることができたり、いろいろなビジネスアイデアが生まれたりするメリットも注目される。
しかし、経営が立ち行かなくなれば継続できなくなるし、夢を実現することもできなくなるのだ。
経営を考えることを忘れてはいけない。私自身も、お金よりも夢を優先する傾向にあるだけに、自戒を込めて言いたい。

「飲食店は肉体労働っていうのも、少し実感しました。」と言う、そこのお店のご主人の言葉が印象的だった。
こちらのカフェは、火曜定休で8月19日まで。
甘味だけでなく、コーヒーと稲庭うどんにもこだわりがあり、自慢の一品だとか。
女主人の温かみある雰囲気も素敵です。

2013年7月31日

科学の進歩が可能性の芽を摘むことはないだろうか

高校時代、勉強は嫌いだったが、理科は好きだった。
中でも生物は、マクロの生態系と、ミクロの遺伝子DNAという、正反対なことを学ぶのが面白くてぐいぐい惹きこまれていった時期がある。
進路を考える時に、成績が悪いなりにも、「食う⇔食われる」の関係を基本にする生態系と、人の神秘を探り解明していく遺伝子工学と、どちらの方向が自分に向いているか、真剣に悩んでいたことがあった。
そんな思いが発端になって紆余曲折の結果、私は栄養学に進むことになったのだが(それについては別の機会にゆずる)、悩んでいた当時、DNAがらせん状であること、遺伝子の配列はたった4つのA、T、C、Gの組み合わせであることを学び、SF映画を見るようにワクワクしたものだ。
高校生の頃、そんなことが解明されたらすごいだろうなあ、と思っていた。

それがSF映画なんかではなく、現実としてもう次々解明できつつあることを、7月7日のNHKスペシャル「あなたは未来をどこまで知りたいですか~運命の遺伝子~」で伝えていた。
おそらく反響が大きかったのだろう。今日の朝イチでも、「ちゃんと知りたい、遺伝子検査」という特集で、この情報が取り上げられた。

さて、そのDNA、いろいろなことが解明されてきたために、遺伝子が原因の病気の治療に役立てらるようになった。がん細胞の遺伝子の解明で、がんの進行を抑えることもできる。その人にどんな病気リスクがあるのか、どんな才能があるのか、までが見えるようになってきた。
その結果、子どものDNAを調べ、どんな才能があるかを確認した上でお稽古ごとを選ぶことができる。
好きな人の病気リスクを調べてから結婚を決めることができるかもしれない。

私が夢物語でワクワクしていたのは、現実では四半世紀以上前とは言え、それでも私にとってはついこの間のことだ。
けれども、当時ワクワクしていたはずが、今の私は、もはや、そういうことにワクワクはできない。何か納得できないものがある。

今年の5月、ハリウッド女優、アンジェリーナ・ジョリーが、乳がんリスクが高い遺伝子と知ったことで乳房切除手術を行ったことが大きなニュースになった。私も驚いたし、その精神的強さに私自身が感動したのも事実だ。

遺伝子で才能がわかる、遺伝子で病気リスクがわかる、遺伝子で未来がわかる・・・?!

私が納得できないのは、遺伝子を知ることで人生を制限してしまいそうなところにある。
遺伝子情報を知った本人、知った家族(親など)は、それを知ったことで生き方を変えることはないのだろうか。可能性を伸ばすこともあるだろうが、可能性の芽を摘むことはないのだろうか。

さらに、知る権利と知らない権利について。
知りたい人がその権利を行使するのは理にかなっているのかもしれないが、知らずにいたかった人が知ってしまうことはないのだろうか。「何も知らなかった時」に後戻りはできない。

科学の発達はすばらしいことだ。医学の発展もすばらしいことだ。
けれど、それが本当に幸せに向かっているのかどうかを考えると、私はときどきわからなくなる。

その昔、「がん告知」は家族が別室に呼ばれてされるもので、本人には告知されない時代があった。
今では、地域差や医療機関によって多少の差があるかもしれないが、風邪ではなくインフルエンザだと告げられるのと同じように、がんは医師から本人に告げられる。治療に向かって頑張っていきましょう、という言葉とともに。
医学の進歩だからこそのことだとは思うが、誰もがそれに対応できるわけではないと思う。中には「知りたくなかった。」と思う人もいるだろうに、そういう権利は守られない。「知る権利」の方が優先されるからだ。

そして、遺伝子情報を知ったがために、諦めてしまうことができたり、遺伝子情報による人の選別や差別が起きたりするような社会がもしもやってくるとしたら・・・。怖いことだと思わざるを得ない。アンジェリーナ・ジョリーは確かに素敵だし、素晴らしいと思うが、それでもやはり私は、納得できない思いがどうしても残ってしまうのだ。

2013年7月21日

よりよい社会のために~たんとすまいる 

ブログをサボりがちだったところ、あちこちから
「最近全然更新していないけど、もうブログはもうやめるのか?」
「体調を崩したのか?」
などと言われ、思わぬご心配をおかけしていたようだ。

すみません!
単に、怠けておりました。。。

さて、今回は「お仕事ブログ」らしく、最近関わった仕事の一つをご紹介したい。

たんとすまいる~一般社団法人Turn to Smile

この団体は、DV経験者の回復自立支援活動を中心に、DV/デートDV防止啓発活動を行っている非営利法人。

この団体との仕事がきっかけで、
私は、今まで知らなかった多くのことを知ることになった。

結婚歴のある女性で、3人にひとりが配偶者からのDV経験者であること。
10人にひとりは、命の危険を感じているということ。

最近、男女間で起きているニュース・事件の背景の一つとして、
こういうことがあるのかと思い知ったのだ。

DVとは、ドメスティック・バイオレンス。
親しい男女の間でふるわれる暴力のことであるのは、おそらく多くの人が知っていることだろう。
けれどもその暴力とは、肉体的暴力だけをイメージする人が多いのではないだろうか。それだけではなく、精神的暴力、経済的暴力、性的暴力があることは、あまり知られていないのではないだろうか。
精神的暴力とは、「外出をさせない」「無視する」「暴言をはく」・・・
経済的暴力とは、経済的自由を奪うこと(=お金が使えない)。
そう言えば・・・とハッとすることが、身近に意外とあるのではないだろうか。

さらに、その暴力が存在する状態・環境から抜けることができれば、「よかった!」となって終わりなのかと思っていたらそうではなく、それをきっかけに、その後長く心身の不調や生きづらさが続くということ。

たんとすまいる 一般社団法人Turn to Smileは、その状態をアフターDVと呼び、
アフターDVで生きづらさを抱える人たちの回復自立支援を行っているのだ。
設立は昨年夏。
目指すのは、DVのない社会だ。

この活動をどのように社会に発信していくか・・・というところから、私のお手伝いがスタートした。

彼女たちの強さは、自ら経験者である人たちが中心になって活動していること。
アフターDVを知らなかった私にとって、一つづつヒアリングをするのは、机上の空論ではないリアリティにあふれ、自分自身の無知や想像力の欠如にげんなりすることも多い。
始めてみると、なかなかスイスイ進むものではなく、当初予想をはるかに上回る、長い時間を要する仕事になった。
まだまだ継続中ではあるのだが、その一つの形が、6月下旬に公開したホームページだ。

ホームページについてはまだまだ製作途中で、支援プログラム等々、現在も新しいページを検討、作成進行中だ。

ぜひ、一人でも多くの方に見てもらいたい。
メンバーは、経験者が中心なだけに共感力が高い。
「どうせわかってもらえない。」と思ってきた人の、温かい受け皿になるだろうし、これが、これから多くの人の励みにつながるに違いない。

「伴走者でありたい。」と語る、たんとすまいる 一般社団法人Turn to Smile代表、宗像美由さんの、寄り添う姿勢と、強い思いには、私は応援せずにはいられないものを感じる。
この団体の活動を知る人が一人でも増えていくことが、DVのない社会への小さな小さな1歩につながっていくのは間違いないだろう。
この団体を応援していくことが、よりよい社会づくりにつながるはずだと私自身も信じている。

2013年4月25日

i-faceで、こんな仕事しました


このブログは「お仕事Blog」と言いながら、どちらかと言うと、仕事内容よりは仕事の場面で感じることを中心に書いていることが多い(それ以前に更新頻度が低いのも問題なのだが)。
たまには仕事についても、少し書いてみよう。

各種ご専門のコンサルタントさんを、複数名インタビューさせていただく機会を得た。この仕事は、私がサービス提供しているi-face(アイ・フェイス)がきっかけだった。

i-faceとは、私の顔、いい顔、愛のある顔…。
私が考える、そういう顔を引き出すために有効なことは、その方の人生、熱い思い、気持ちや考え方を伺うこと。i-faceは、このような考え方をベースに展開している撮影サービスだ。強張ったり緊張したり、妙にオスマシしたりすることのない、本来の「その人らしい、いい顔」撮影には、お人柄やそれまでの生き様が表れる。

撮影に当たって、私はその人からいろいろなお話を伺い、その様子をカメラマンが撮影していく。お話に夢中になっていくうちに、お客さまはそのうちカメラの存在を忘れてしまう。もちろん、同行するカメラマンは、日頃メディアなどで活躍するプロカメラマンである。

今回のコンサルタントさんのインタビュー&撮影は、このi-face撮影を見学された方からのご依頼だった。

ご依頼内容は、各々のコンサルタントさんの専門性や仕事内容をお伺いすること。そして、その方がお答えする様子(インタビューカット)を撮影すること。

コンサルタントさんの専門性高い仕事内容をお聞きするのはもちろんのこと、今のお仕事を始めた理由、きっかけ、やり甲斐を感じる時、目指したいもの・・・等をお聞きしていくうちに、その人ならではの個性が輝いてくる。まさにその方のオンリーワンの部分だ。

予め、その人について、またその人の実績やかつての勤務先等について下調べをし、どこで輝くかを半ば想定してから当日に臨むのであるが、その情報収集の段階から、私は早くもその人の魅力に取り憑かれ始めている。
人とは面白いもので、どんな人でも情報収集していく中で興味深い要素が見つかり、惚れっぽい私は、お会いする前からワクワクが始まっている。
これはどんな人でも同じだ。

今回は、お話を伺う相手がコンサルタントさんばかりだったので、インタビューをしていくうちに、私自身がまさにこういう人からコンサルティングを受けたいものだと、強く思うこととなった。
実際、それくらい魅力的なコンサルタントさんばかりだったということもある。

早くそういうコンサルティングをお願いできるくらいに、私自身も大きく成長したいものである(苦笑)。

このインタビューは、いずれWeb上でも公開される予定なので、機会があれば、またここでその報告をしようと思う。
ちなみに、その時にお聞きしたコンサルタントさんのお話は、どなたも実に魅力的ですばらしい内容で、いろいろな人に教えて差し上げたいことばかり。
そして撮影した「顔」は、それはそれはイキイキとした、愛の溢れる、しかも力強い、いいお顔をしていらっしゃいました!

公開される日を、私も楽しみに待ちたいと思う。

2013年3月27日

雑談の大切さって?!

効率が重視されて行きすぎるあまり、雑談の大切さが叫ばれるようになってきた。
NHKでこんな番組までできるくらいだから。

確かに雑談ができなければ、相手のことを理解することもできないし、課題も見つけられないから、雑談は大切であるということに、異論はない。

会社員時代、私は取引先から聞いた面白い話、同僚や後輩への声掛けなど、会社にいる時はよくしゃべっていた。
喜んで聞いてくれる人も多かったけれど、他の人から「オイ、石崎! うるさいよ。」と言われることも少なくなかった(汗)。
だから、この雑談を重視する風潮は、少し嬉しい。

雑談の中にヒントがあったり、新しい企画が生まれたり、トラブルの芽を摘めたり・・・。
雑談の価値を見直す話題や、雑談力アップで会社の売上を伸ばした例が紹介されたりすると、そうだよなあ、と思う。

だけど、それは、お笑いや落語家の人に習うことなのだろうか?
大学では、落語家の人やお笑いの人がコミュニケーション力を磨くための講座を設けているという。
前述のNHKの番組でも、面白いダジャレをいかにして連発するか、様々な素材を元に、出演者が悪戦苦闘していたが、果たしてそういうことなのだろうか。

今の時代、大事なのはコミュニケーション力と叫ばれ、誰もがコミュニケーション力をどうやって上げるか、右往左往しているように見える。
雑談を重視するよりも、本当に大事なコミュニケーション力というのは、相手の気持ちを知りたいと思うかどうか、理解したいと思うか・・・。
本質はここではないかと思う。


効率重視の弊害で、無駄を省いていくうちに、大事な気持ちまでがおざなりにされていく。
便利なこと、早いことが大事になっていくあまり、仕事も、仕事でない場面でも、自分の今求めていることにいかに近づくかに目が行ってしまう。
だから、気づいたら雑談のような、一見無駄なことを排除してきてしまった結果、雑談がどういうことだったのかが、わからなくなってきた・・・そんな風に感じる。

中には、面白いダジャレをサラリとカッコよく言える人もいる。私の周りでも、寒い空気を作ることなく、スイスイとダジャレを上手に言う人がいて、周りを和ませ、その頭の良さはカッコいいし、少し羨ましい。
でも、ダジャレを言う方法など習わなくたって、ダジャレなんか言えなくたって、雑談はできる。
コミュニケーション力を無理して一生懸命磨こうとしなくても、行きつくところ、人への「愛」があれば、コミュニケーションはとれるはずだと思う。
拙い話し方でも、誠意を感じることはしばしばあるものだ。