2010年3月25日

アシスタント希望

営業アシスタントとして働いている、20代の女性たちの話を聞く機会があった。彼女たちはかつて自らの売上個人目標を背負った営業経験がある転職組で、営業経験があるからこそ、転職は「営業アシスタント」としての仕事を探したと言う。
私が社会に出た頃は、男性と女性の働き方には大きく差があった。女性はアシスタントとして働くのが普通だった。だから、男性のようにまかされる仕事をすることは目標であり、憧れだった。日々の仕事の中で、ひそかにそういうチャンスをうかがったものである。
転職組の彼女たちはコミュニケーション能力に優れているし、それなりに営業スキルもありそうだし、営業経験があるのなら、そのスキルを生かした仕事はいくらでもありそうだし、それによってステップアップすることもできるだろう。なぜアシスタントを希望するのか・・・? 私にとってはとても不思議だった。
しかし彼女たちが「営業アシスタント」を希望するには大きな理由があった。彼女たちはそれぞれ業界は異なったが、新卒後すぐに、営業職として就職した。数字ノルマを背負って飛び込み営業を基本とした営業を担当。毎日毎日つらく苦しい日々だったという。仕事を決める楽しさよりも数字に追いかけられる苦しさに潰されてしまったのだろう。
かつて、営業すればおもしろいように売れてどんどん数字を上げられていた私の時代とは大きく違っていた。今の時代、営業数字ノルマを背負い、その営業方法は飛び込み訪問を繰り返すだけという営業はつらいだろう。精神的にはかなりめげるだろう。へこむだろう。毎日毎日その繰り返しで、その苦しさの先にはどんな明るい未来があるか将来像を描けなくなると、逃げたくなるのもしょうがないのかもしれない。
彼女たちは口をそろえて、「今は数字の責任がなくてすごく楽。仕事も楽しくできる。」と言う。残業を厭うこともなく、営業の最前線で働く男性をしっかりフォローする優秀なアシスタントだ。営業経験があるからこそ、営業マンの先を読んだ動きもできるし、フォローは的確だ。
それを見て私は、結果としてこれでいいんだとは思うものの、大きなチャンスを逃しているような気がして、どこか残念な気がする。

2010年3月15日

自然体な文化、社風

ある出版社の社長と会うために、その会社を訪問した。その出版社は青月社。2005年創業だから、5年目になる。ビジネス書を中心に様々な分野の書籍を出版している。出版不況と言われている真っ最中の今だが、確実に成長し続けているというのは立派だ。出版に関わる誰もがハッピーで居続けられるようなビジネスモデルで出版を行っていることがその成功の秘訣なんだろうと思う。
その社長とは、私は初対面だった。まだ30代半ばに見受けられるような若いイケメン社長だった。
受付は電話だけ。昨今の受付は電話だけで受付嬢はいない、というのはもはや当たり前だが、その電話がプッシュ式ではなくダイヤル式。しかも、受話器は話すためのマイク部分と、音を聞くための部分が別物になっている昔風のこげ茶色の電話だったのには驚いた。さらに、打合せ室に通されたら、そこは床の間付きの和室で、靴を脱ぎ畳みの部屋に上がり、座布団の上に座って打合せが始まったのだ。その和室にも、受付にあったような昔風の電話がある。打合せの前に、ひとしきり昔風の電話や和室についての話に盛り上がった。そういう話に花が咲くのは、私に限ったことではないと言う。
けれども聞けばその電話は、普通のビジネスフォンで、外線も内線も可能で、音も普通の電話と変わらない。価格的にはそう高価でもないので・・・と社長は笑っていた。和室についても、社内に一間でいいから和室を作りたいと思って・・・と。社長は、いかにも「頑張りました!」みたいな気負いはまるでなく、屈託がなかった。
普通の会社にはないような場所(部屋)や小物を、遊び心で置いてしまう。でもそれに対して気負いは全然ない。こういうう自然な感じで仕事場を作っていく空気や文化が、おそらくここの会社の文化なんだろう。肩の力が抜けた感じが、私にはとても心地よく感じた。

2010年3月12日

研修の価値

広告担当者に対して、広告会社と共同でテレビ媒体について研修を行う機会があった。
テレビや新聞、雑誌など、昔からある広告媒体。でもその活用方法や価値、活用の仕方など、社内の知識や理解の共有も不十分であるケースが多く、改めてきちんと理解する機会はそうあるものではない。
広告会社が、日常的に媒体についてわかりやすく説明をするのは当然のことではあるが、体系立てて説明し、理解を深めてもらうには時間もかかり、なかなか徹底できないからだ。そういう中で、今回の研修となった。
この研修を行うことは、クライアントにとっては媒体をより効果的に活用することにつながるのはもちろんのことだが、広告会社にとっては理解を深めてもらうことで日常業務をよりスムーズに進行できることにもつながるので、双方にメリットがある。
今回の研修にあたっての資料等準備、さらに実際の研修場面での主なる説明は、広告会社の若手が中心になって進めた。近くで見ていた私は、研修準備を行った彼らが、誰よりも研修内容に関して深堀りでき、知識を体系化でき、今後の仕事を進める上で、大きな財産になったように思う。
君たち、先輩たちよりもはるかにプロフェッショナルになったね。

2010年3月8日

さかなの検定

検定が流行していると言われてずいぶんたつが、今年の5月に日本さかな検定の試験が始まる。
3月6日には、プレジデント社「dancyu」編集による、日本さかな検定公式ガイドブック「うまい魚がすべてわかる本」が発売になった。東京都内の書店では、この週末から平積みされている。
私自身はその昔(大昔?)、水産関係の仕事に携わっていた。当時から見ると、水産業界は大きく様変わりしている。街の魚屋さんが激減し、店で売られている魚の種類が激減した。高級でなかなか食べられなかった魚の値が下がり、日常的に食べられるようになった魚が多い一方で、日常的だったはずの魚の中には漁獲量が激減して高嶺の花になった魚もある。
1匹売りから、切り身やパック販売が主流になり、魚の料理の機会も方法も変わりつつある。
魚食は日本の食文化の象徴でもあり、魚の知識を広め、普及啓蒙を図ることは、日本文化の継承につながることでもある。
この検定事業がどこまで拡大していくかは、日本の食文化を継承できるかどうかにもつながるのかもしれない。

2010年3月2日

結果とプロセス

若手とともに進めていた仕事でミスが起きた。
実は、前にも同じメンバーで同じようなミスが起きたことがある。その時には、どのようなリカバーをするか?と、早急な対処方法を検討した。同時に、なぜそのようなミスが起きたのか?二度とこのようなことが起きないようにどうしたらいいか?と、今後の仕事の進め方について、関係者でずいぶん話し合った。
にもかかわらず、再び同様のミスが起きた。担当の若手は、前回の経験をもとに、早急にリカバーのための対処方法を出し、すぐにクライアントへの報告し、これにて終了!だった。
が、しかし・・・・ちょっと待て。前回のミスで、その原因を分析し、二度と起きないための対策を講じたはずなのに、なぜ再び、しかも同様のトラブルが起きたのだろう? 担当者はそこに言及しないばかりか、思いも至らなかったようだ。

確かに、ミスったことでどう謝罪するか、謝罪を形としてどう見せるのか?が結果だ。それは大事なことであり、速やかな対応も重要だ。そこまでは正しい。しかし、そこに至るまでの経緯や問題点をそのままにすれば、同じようなミスは何度も起きる。だから、対応策をすぐ出していくことも重要だが、それまでのプロセスは、それ以上に重要なのだと私は考える。
成果報酬が当たり前になり、プロセスよりも結果重視の世の中になり、途中経過をしっかり認識しようとしなくなった影響だと思う。特に若手はそういうプロセス重視の文化自体を経験していないのだから。

ミスやトラブルが起きるのは仕方がない。仕事をしなければ問題も起きないのだから。たとえ、その場がうまく解決できたとしても、そうなったときにどう考え、どう行動するかが、今後の仕事の質に大きな差が出てくるのは間違いないと思う。