2016年6月16日

楽しいことだけやっていればいいわけではないことを痛感しました

最近私の世代では、急に運動してカラダを傷め、運動ができなくなったと嘆く人ご増えています。
私もその一人です。
でもそれは、カラダだけの話ではないことに気づかされるのです。

確実に運動不足

会社員を辞めて、自宅を拠点に仕事をするようになったら、著しく運動不足になりました。
元々の怠け者性分も手伝い、万歩計によれば1日当たり18歩!
もはや寝たきり状態です。
まあ、万歩計をつけ忘れていた時間もあるけど。
まず毎日の通勤がなくなるから歩かなくなるのです。
駅の階段の昇り降りも激減しました。
満員電車じゃないから、意外にゆっくり座れることも多くなります。

筋トレを、やらねばならぬ!しなくては!

そんなことから、近所の筋トレ施設に通うようになりました。
そこは比較的高齢者が多く来ているところで、皆さん驚くほど元気でした。
マシン30分、ストレッチ5分。 
コーチが回って指導したり、励ましたり。
毎回同じことを黙々とやってさっさと帰る。
今思えば、たぶんその時の私は少しずつ筋肉が増えていたのだと思います。

だけど、私にとってはその筋トレがどうにもつまらない。
人によっては、ストイックなまでに筋肉を鍛えることに熱心な人もいるようですが、私はあまり関心が持てませんでした。

つまらない、つまらない、つまらない。
もっと楽しくやりたい。

本当はダンスが好きで以前は少しやっていたのですが、
忙しくなって全くやらなくなってしまいました。
マメに通っていればそれなりに多少踊れるようになって楽しいのだけど、
忙しくなるとなかなか行けなくなってしまう。
そうすると踊れなくなり、楽しくなくなってしまう。
ーーいつのまにか行かなくなってしまいました。

加えて、走る・踊るなど有酸素運動だけでは筋肉が作りずらいことも知りました。

きちんとパーソナルトレーナーをつけて、私の志向に合うプログラムで、しかもカラダに合うものを、という選択もあるでしょう。
でもそうなれば、きっと1回当たり1時間ではすまない、
2〜3時間をかけ、それを週に2〜3回継続するなんてことはそうそうできることではないから仕方がない、
と自らを納得させ、「やらねばならぬ」の思いで、週に2〜3回、2年近く通ってはいたのです。

すると、近隣に全く違ったタイプのスポーツ施設ができました。



楽しそうだから、つまらないことはやめちゃおう!

ヨガ、ピラティス、太極拳、ズンバ、トランポリン・・・
全て音楽に合わせたグループレッスンで、1回45分。
しかも毎月プログラムが変わります。

楽しそうかも。
多少筋トレにも効果あるかも。

迷った挙句、私は今までの筋トレ施設のメンバーをさっさと退会し、
新しい施設のメンバーに入会し、通い始めました。

インストラクターのグループレッスン。
プログラムもバリエーションがあるから初めてやることも多く、
できずにアタフタしながらも、始めたのでした。
スローやアップテンポの音楽に合わせて。

楽しいかも(^^) 
たっぷり汗をかき、満足度が上がった感じ。
でもあまり筋トレになってる気がしない。
もっとハードにやればいいのかな。

いつも以上にハードにやった翌日、
私は膝の痛みで歩けなくなってしまったのです。


つまらなかったことを続ける価値もそれなりにはある

お医者さんの診断によれば、膝の痛みの原因は鵞足(がそく)の炎症。
持ってる筋肉以上の負担をかけて、その周りを傷めてしまった、ということでした。

残念ながら長年の運動不足は、思っていた以上に私を老化させ体力筋力が落ちていて、運動を楽しむには、やや負荷が強かったということです。

楽しいことをやりたい。
好きなことを。
そう思った結果でした。
それが間違いとは思わないけれど、「いきなり」はダメだったということ。

基礎練習、基礎体力。
上手な人は、基礎体力が違う。
それはコツコツと地味な努力の賜物です。

「ポッと出」がいきなりガンガンできるわけではなくて、
ガンガンできる人、上手な人は努力してたり、継続してたりするわけです。

運動に限らず、いろいろと思い当たる節があります。

便利な世の中になり、情報はたくさん転がっている。
だからあまり勉強しなくても、上っ面だけの切り貼りの知識で、
尤もらしい「わけ知り顔」をすることだってできてしまう。

私の膝の痛みは、そんなことまで気づかせてくれる出来事になりました。

ここまで書いて記事公開後にイチローが記録更新!


イチロー語録が次々とニュースで出てきて、
ますます地道な努力の積み重ねの重要さをタイミングよく知らされている今・・・です。

2016年6月8日

子どもも、高齢者も、行きたい所に行かれないのはいろんな格差につながって い くと思う。


宮城県の部活では試合に行くのも大変。

東日本大震災依頼、鉄道が通らなくなったことで、公共交通機関では試合会場まで行けず、部活の顧問の先生の車で行かざるを得ない、という現実があるそうです。

入学時に保護者から
「お子さんを先生の車に乗せることがありますけどいいですか」
という同意書を取っている学校もあるとか。
教員の車による生徒の送迎なしには、学校運営そのものが成り立たない実態がそこにあります。

行きたくても「足」が確保できなければ行けない。
以前、同意を取ることに注目してこの件を書いたけれど
http://kimikoishizaki.blogspot.jp/2016/06/blog-post.html

この件でもう一つ注目したいのは足の確保の問題。

部活の中学生・高校生の中には、試合や大会に参加するためにどうやって足を確保しようかと悩まざるを得ない鳩たちがいるということ。
足が確保できなければ諦めざるを得ないのです。
たぶんそれは震災に関係した地域だけではなく、過疎の進む地域共通の悩みでしょう。

マイカーが増えて電車やバスの利用客が減る。
電車もバスも、民間が運営する以上は、
乗る人がいなくなれば存続できないのは当たり前。
だから廃線、廃止になってしまうのだけど、
でも暮らしている人にとっては、それは行きたい所に移動する自由を奪われていることでもあります。

誰もがマイカーを運転できるわけではない。
上記の例のように、部活の中学生・高校生といった運転免許がとれない子どもたちだけではありません。
大人でも諸事情で運転免許を持てない人もいるでしょう。
免許証を自ら返納した高齢者だってそうです。

そのせいで、病院に行けない。
買い物にも行けない。
友達のところに行けない。
役場に行けない。
やりたいことを諦めることが多くなる。
結果、孤立したり家にこもりがちになったりすることも。

いろいろな機会を奪ってしまうのです。
だから家族の送り迎えが必要?
だから学校の先生が車を出す?
それって、やっぱりおかしいと思います。
そうやって周りに負担をかけなければ、自分が行動できない環境というのは、基本的人権を奪われてる。
周りに無理を強いたり、遠慮してガマンしたりすることは、格差を生んでしまいます。
そして、その差はどんどん広がっていってしまいます。

地域や社会のしがらみいっぱいの中、何でもルールがあって周りについていけばよかったかつての時代と違い、今は、たくさんある選択肢から何を選ぶか、「自分」はどういう生き方・暮らし方を望むかを自分で考え、選択できる時代。
それは、個々の自立を促す時代でもあります。
だからこそ、せめて移動のためのインフラは確保しておかないと。
奪ってはならないと思うのです。

高齢者に至っては、インフラが確保できなければ自立を奪い、心身が弱っていくのを加速させていくのではないかと思います。


2016年6月4日

同意しないと何もできないから、どんなに同意したくなくても「同意します」

宮城県の部活では試合に行くのも大変。
東日本大震災依頼、鉄道が通らなくなったことで、公共交通機関では試合会場まで行けず、部活の顧問の先生の車で行かざるを得ない、という現実があるそうです。

入学時に保護者から「お子さんを先生の車に乗せることがありますけどいいですか」という同意書を取っている学校もある。教員の車による生徒の送迎なしには、学校運営そのものが成り立たない実態がそこにある。

部活動の送迎 違反に悩む教諭(2016年5月26日(木)掲載) - Yahoo!ニュース
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6202245


リスクの可能性もあるから同意

いつのまにか、何でもかんでも同意書ですね。
少なくとも、今から20年くらい前にはこんなに同意を取ることなどなかったように思います。



エンディングノートに携わっている立場から見ると、
同意書と言ってまず頭に浮かぶのは医療現場です。

インフォームドコンセント、インフォームドチョイス・・・
「きちんと説明を受けた」ということに間違いありません、とサインして
次に[治療を選択」し、万一のことがあるかもしれないけど責任は問わないことに同意する。

医学の進歩によって、医療は選択する時代へと移ってきています。
その分リスクも高まるわけで、どのたびに「同意」が求められるのです。

本当はイヤだと思っていても、同意しないと前に進めません。

「同意します」は、「仕方ないね」とほぼ同義語です。

前に進め、と言う意味の同意

ネットの世界はもっとひどいかもしれません。
なんだかよくわからないことがだ~っと書いてあって、
最後に「同意します」にチェック。

読んでもよくわからないし、とりあえず「同意」「同意」…
実際、ちゃんと読んで同意している人ってどれくらいいるのでしょう?!
だけど同意しなかったら、前に進まないから、
同意せざるを得ません。

「同意します」は、もはや「ススメ!」と同義語です。



アンケートに答える時も、
お店のお客様会員になる時も、「同意」を求められます。

今の時代、いちいち「同意」。
だけど、本当の意味で同意してなんかいません。
面倒くさいから「同意」。
前に進めないから「同意」
やむなく「同意」にチェックしているだけで、気持ちとして同意などしてはいないのです。

これ以上、実際は同意していないのに「同意」が増えていく世の中になると、
なんだか嘘ばかりな感じがして、私はどうもざわざわしてしまうのです。



2016年5月28日

家族だから難しい・・・家族はつらいよ

高齢になった父が話す話題と言えば、

○○の調子が悪い、
どこの医者が○○と言った、
・・・・

それも毎回同じような話ばかり。
娘の私としては、正直なところ心の中では「またか」。
親身になって聞くこと、共感することが何よりも大事なことは百も承知だけど、
頭ではわかっていてもなかなか難しいのが現実です。

忙しいなか、来てるのに。
他の話題はないのかしら。
年をとればあちこちガタが来るんだから。
もう少しおもしろい話はないのかしら。
等々。

これが家族じゃなければ、そんな風にはあまり思わないだろうに、家族だとそう思ってしまうのです。

前はこんな話ばかりじゃなかったのに。
しっかりしてよ。

内心そう思うのですが、
それでもまた親が喜びそうな情報を一生懸命集めてきたり、
話してみたり。

私にとって大きな存在だったはずの親が小さくなってきました。
理屈では理解しているのですが、私の中ではかつての親との関係性の記憶が残っていて、今でも親に褒めてもらいたい〜みたいな厄介な気持ちも少し残っているのです。
だから親のために一生懸命やってやってやって、それなのに思うような反応が得られないと、勝手に不満に感じたり、自分がバカみたいに思えたり、親に文句を言ってみたり。

家族だから期待があるし、甘えもある。
だいたい親に良かれと思って言ったりやったりするのですが、
肝心の親は別にそんなことは望んでなどいない。
おそらく親の方も、娘なんだからこれくらいはわかってほしい、聞いてほしい、愚痴らせてくれ、という気持ちで話しているに違いないのです。
甘えがあるし、遠慮がない(偏ってる?)から、文句を言ってるうちに言わなくてもいいことまで口にしたり、喧嘩になってしまったりまでしてしまうこともあります。

私は、今までコミュニケーションやカウンセリングを勉強してきました。
その私自身が、家族のこととなるとなかなか学んできたことを生かしきれないのは実に残念な限りです。
でも、これが家族というもの。
近い関係性の難しさを感じます。

日常のことになると日々の繰り返し。
不満や愚痴は蓄積していくから、ブレーキが利かなくなっていくことも想像に難くありません。

だから介護というのは、地域やプロの力を借りるのがよいのですね。

家族のことは家族だけ、という形にすることで、澱んでドロドロしたものが見えないまま溜まっていって、勝手に増殖していくような気がします。
友だちやお節介なご近所さんや役所やプロなどなど、他の手を借りることは、そういう増殖へのブレーキに。
だって他の人の目があれば、そうそう喧嘩もできませんから。
不満やストレスの受け皿だけではありません。

とは言うものの、現実はなかなか厳しく、外の方のお世話になろうとすると父は強硬に拒否し続けています。
でもどんなに嫌がったとしても、その価値や意味を私が理解した上で、父の賛同を得る努力を続けることは、私たち家族にとって、そして父本人にとってもいいことに違いないのです。

2016年5月18日

トラベシアのエンディングノート講座

トラベシアのエンディングノート講座は、自分らしく生きることを考える講座。
それもエンディングノートを使って。

これから私はどうなっていくんだろう。
どうしたいんだろう。
老親が弱ってきて、家族のことをどう考えていこうか。

そんなことを、エンディングノートを使って考えていきます。
ちなみに、なぜエンディングノート講座を続けているのか、どういう気持ちで始めたのかについてはこちら




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《7月のエンディングノート講座》

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【テーマ】
 これからの生き方を考えるワークショップ
  「私の人生をふりかえる」~命が終わろうとする時~

【日 時】 
 7月14日(木)18:30~20:30

【場 所】
 麻布十番サロン

【宿題★ご参加にあたって考えてきてください】
 自分の人生に大きく影響を与えた人物5人を書きだしてくる。
 よくも悪くも自分の人生に大きく影響を与えた人物
 (生きている人、死んでいる人、偉人、アイドルなんでも可) 
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会員制の継続講座ですが、体験参加も受け付けています(初回参加に限る)。 
体験参加費;3,000円(消費税別)お申し込み、お問い合わせはこちらまで。

トラベシアのエンディングノート講座は、
原則毎月第2水曜日開催、会員制・月謝制の継続講座ですが、
体験参加も受付中です。

入会金 10,000円
月会費  6,000円
☆体験参加は、3,000円  (いずれも消費税は別途)

ご用意いただくもの
・お持ちのエンディングノート
・筆記用具

詳細お問い合わせや参加希望の方はこちら



トラベシアのエンディングノート講座の詳細はこちら

動画で講座の雰囲気をご紹介しています。→こちら

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以下は、終了しました。
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6月8日(水)18:30~20:30
 ライフプラン崩壊は突然に ~脳卒中経験者から直接聞く話から学ぶ~
 ※参加者が記事を書いてくれました。

5月18日(水)18:30~20:30
 生きがいとは何か?~アクティブシニアからの提案~

4月14日(木)18:30~20:30
 家族が生き切るのを見届ける ~「家で死にたい」と言われたら~

3月10日(木)18:30~20:30
 生まれるということ。死ぬということ。~科学的側面から見つめる~

2月9日(火)18:30~20:30
人の最後の最期 ~最後に守りたい尊厳とは何か~

1月13日(水)18:30~20:30
 家族信託~今だけでなく、これからもずっと円満家族でいるための契約になるか?!~

12月9日(水)18:30~20:30
 老後貧乏は避けられる~将来のお金について考える

11月12日(木)18:30~20:30
 心を整えるお墓磨き ~お墓参りから見える新しい自分~ 

10月14日(水)18:30~20:30
 私のルーツ、家族との関係 ~家系図を知ることで見えてくること~
 こちらで報告しています。

10月5日(月)18:30~20:30 ※台風により9月開催予定が延期。
  もしも今・・・?!
  命にかかわる医療について、もう一度考えてみる
  こちらが報告記事です。