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2016年4月2日

チューリップ1本で人生のお話を聞く機会をもらいました。仕事のこと、好きなこと・・・


もうすぐ咲きそうなチューリップを2本いただき、
こんな風にレジ袋に入れた状態で手持ちして電車に乗りました。


年配女性が目の前に座っていました。
お楽しみの買い物をしてきたと思われるいろいろな荷物が詰まった大きなカートが足元に置かれていました。
その女性の隣の席が空いたので座ったら、
私の膝の上のチューリップをじ〜っと見ていらっしゃいます。
その視線で、チューリップがお好きな感じがしたので、
「2本あるから、1本さしあげましょうか?」と思わず声をかけましました。

はじめは固辞されていたのですが、
「いいんですか?嬉しい!ありがとう。」と言って受け取り、
その女性はご自分のカートに粋に差してから、お話を始めました。

かつてフラワーアレンジの仕事をしていたのだそうです。
ホテルの宴会場のテーブル装飾など。
いろいろなホテルの名前やお部屋の名前が出てきました。
個人で複数の名だたる一流ホテルでの仕事を頼まれてやっていたようでした。

こんな一流と仕事ができるんだからそれでいいだろ?って、
お金はもらえなかったこともあったとか。
当時はそんな〜!悔しい!と思うこともあったけど
今考えると、お金じゃ買えないくらいのことだったのかもしれない、
個人でそういう機会をもらえたというのは、ありがたいことだったんだなあ、と。

だけど今は何でもシンプルが一番。
ホテルもかつてのようなそういう装飾はほとんどしないのだそうです。

 私が辞めた後に誰かがやってたら憎らしい、と思ったかもしれないけど、
 そういう事は無いんですって。
 なんでもシンプルって···、どうなのかしら、ね〜!

かつては豪華絢爛なオペラが好きで、ヨーロッパにオペラを見に行くのが楽しみだったそうです。
ドイツのオペラハウスの会員で、定期的に行かれていたとか。

 今のオペラは演出が理解できない。
 綺麗なのが私は好きだったけれど、これも時代なのかしら。
 会員制もなくなったから案内も来ないし、もう行かなくなってしまった・・・。

てもそうは見えませんでしたが、今、90歳だそうです。
お元気でしっかりして、早口でお話をされていました。

「私、オペラを見たことがないんです···。」

私の言葉にその方は、

 まあ!もったいない。
 教えてさし上​​げたいわ〜。
 いつかどこかで会えたらね··~

そう言って、電車を降りていきました。

私は、こういう年長者が話す仕事の話やお楽しみの話を聞くのが大好きです。
お話の真偽のほどはわからないけれど、
そこにあるであろうドラマを想像し、その方の人生を想像しながら、
ああ、誰にもみんなドラマがある、としみじみ思い、
「人」への愛おしさを感じるのです。
そして、年長者のお話は私自身の未来を思うきっかけだったり、糸口だったり。


きっかけになったチューリップは、お寺でいただいたものでした。

お寺の横に並ぶチューリップ
毎年たくさんの球根を植えて育て、蕾をつけたチューリップがずらっと並ぶのだそうですが、
ご住職の吉田尚英さんは、

 蕾になったら、あとはどうぞおいでになった方が切って持ち帰ってください。

 ここまできたらもう開くだけだから、楽しんでください。

そう言っているのだそうです。

私はその言葉に感動していただいてきたのですが、
そんなチューリップがこんなお話を聞く時間をくれました

私が持ち帰ったチューリップはまだギリギリ開きそうにありません。
あと数時間できっと満開になることでしょう。


2016年3月10日

年寄り扱いはイヤ、若く見られることはやっぱり嬉しい。

電車で座っていて目の前に70歳前後と思しき方が立っておられたとしても、席を譲ろうか、やめようか・・・最近は逡巡してしまいます。
少し前だったら、スッと立ち上がることに何の違和感もなかったのですが、
最近の高齢者はお元気な方が多く、却って失礼にならないかどうか、気になってしまうからです。
そんなことを気にするのは、きっと私自身の年齢意識も大いに関係しているのかもしれません。

年長者は敬うものだったのに?!

昔の常識は、年長者は敬うのがあたりまえ。
年を取れば給料が上がる、年を取れば偉い・・・
多少おかしなことを言っているなと思っても、まあ聞いておこう、
余計なことは言うまい・・・
そんなものだったような気がします。

ところが年功序列が崩壊し年齢は関係なくなり、年齢が上だから偉いという常識はなくなりました。
さらに世間の見方は、若いことこそがすばらしいみたいな雰囲気。
そんな時代のせいか、年齢が高いことはちっとも誇らしいこととは言えず、実際の年齢よりも低く見えることは自慢です。

老いを受け入れる、なんて理屈だけ

考えてみれば、私自身も若く見られたい願望は、ずっとむくむくしています。

その昔30代の頃、姪(妹の子ども)が生まれた時に、私は絶対におばちゃんとは呼ばせませんでした。
その指導(?)のせいで、姪っ子の幼稚園のお迎えに行った時に先生から「おばちゃん?」と関係性を聞かれても、姪っ子は「違う。キミコちゃん」と答えたくらいです。

そして今、4才の姪っ子たちも同じ。
私のことを「キミコちゃん」と呼びます。
ちなみに彼女らは私が50を越えてから生まれた姪っ子です。 

年齢に抗うことなく、老いを受け入れて・・・
そう提唱する方はたくさんいらっしゃるし、その理屈はよくわかるけれど、
感情と理屈はなかなか一致するものではありません。
私自身は今だに、なかなか自分の年齢を受け容れていないような気がします。
特に50歳を超えたとき、もう人には絶対に年齢を言えない、と思ったものです(苦笑)。
そして今も若く見られればメッチャ嬉しいのは否定できません。

年寄り扱い お断り

1月に見つけたこちらの投稿記事。



74歳の女性読者からの投稿でした。
よくよく読んでみたら、投稿したご本人の話ではなく、そのお母様のこと。
御年100歳。
96歳の時にバスで席を譲られたことに対して
「帽子をかぶっていたのにどうして年寄りとわかったのか」と言ったお母様のエピソードを元に、今も年寄り扱いされることに不満気な様子について、娘の立場で投稿していたのでした。

愛すべき存在!
私としては目標にしたいような100歳女性です。
今、100歳前後のことを「アラハン」と呼ぶそうで、
長寿家系の両親を持つ「アラフィフ」の私にとっては憧れの存在でもあります。

この人も「年齢を受け容れていない」ひとり。
だけどいいじゃないですか!
年寄り扱いされたくない思いは、きっと意地みたいなもの。
ジタバタしながら、自分を守っているように思え、そこに可愛げがあるように思うのはわたしだけかしら。

とは言うものの、席を譲る側として考えてみると、これはなかなか悩ましいところです。
私が悩ましく思うのも、きっと私自身が年齢についていろいろ思うからに違いないと思う今日この頃です。




エンディングノートを使って、これからの生き方を考える
================
トラベシアのエンディングノート講座 毎月開催中

 ◎ 3月の開催 ◎

 3月10日(水)18:30~20:30 麻布十番にて。

【 テーマ 】
 生まれるということ。死ぬということ。~科学的側面から見つめる~

=======

2月に、看護師で僧侶の玉置妙憂さんをお招きして人の「尊厳」とは
何かを考え、考えれば考えるほど難しくなりました。
観念的に考えるのは難しい。
・・・そこで3月は生物学的に命を考えてみようと思います。

テーマによって、専門家の先生をお招きしてお話してもらっていますが、
今回はそれが叶わず、私が生物学の先生から学ばせてもらったことを
もとに自らの考えと合わせてお話させてもらいます。
皆さんとシェアする時間をできるだけとりながら、ご一緒に考えていきましょう。

参加ご希望の方はこちらまで。
※当日の場合は、メール info@travesia.biz まで。

「私がエンディングノートを使っているわけ」はこちら



2015年7月28日

「若く見えるより魅力的に見えたいの」Over60のNYマダム達から教わること


若く見えるより魅力的に見えたいの

Over60のマダム達にスポットを当てたドキュメンタリー映画に出ていた一人の女性が語った。
映画、「アドバンスト・スタイル~そのファッションが人生~」の一コマだ。


新聞に掲載された広告

実はこの映画、
写真集発売と合わせて開催された写真展に出かけたときに知った。
私はファッションにはとんと疎いのだけれど、
写真展でたくさんのOver60のマダム達を見て、お洒落をしたくなった。
ワクワクしちゃう、楽しくなっちゃう・・・
そんな気がした。
たぶん、写真展にいた私は、一人だったけど笑っていたと思う。

写真集は、
Advanced Style--ニューヨークで見つけた上級者のおしゃれスナップ


映画では、そのなかの7人が紹介されていた。
これを着ればモテる、みんなから浮かないのはコレ、できる女に見せるには、
・・・・そんな小手先じゃなくて、自分の魅せ方をちゃんと知ってるマダムたちのファッション。
ファッションとは、自分を表現すること。
生き方そのものである!とマダムたちは教えてくれる。
今まで大変だったこと、楽しかったこと、生きる上での信条、ファッションへの思い・・・
映画の中で、そんなことをいろいろ語っていた。

いろいろあったから、今がある。
年齢を重ねているからこその魅力が、あちこちに溢れている。
それは、私が常々「顔」「顔つき」について言っていることではあるけれど
ファッションもそうなのだと教えてくれる。

それでも加齢は残酷で、映画ではそんなきれいごとだけじゃないことも最後に語っている。
哀しいこと、怖いこと、辛いこと・・・・

それでもやっぱり力強い。カッコいい。
あんなふうになれたらいいなあ・・・・

若く見えるより魅力的に見えたいの

そうだ、そうだ。
かつては、
私、たぶん人より若く見えるかも・・・そんなことを自慢に思っていた頃もあったけれど、魅力的でなければ意味なし!
今、私の周りには、素敵な先輩が何人もいる。その方々は魅力的だ。

魅力的に見えるってなんだろう。
そんなことをたくさん考えさせてくれる、写真集と映画だ。
で、私が映画を見て思う魅力的というのは、結局のところ、自分らしくいるかどうかに尽きるように思う。

人は歳をとると、自分自身を受け入れるようになるわ。
自己評価が寛容になるのよ。
私は私。どうにもならないでしょう?
   (会場で購入した映画のプログラムより部分抜粋)

これは、映画に出てきた95歳のマダムが言った言葉。
しばしば自分を受け入れられなくなる私だが、年をとることが怖くなくなる。楽しみになる。
私をとても嬉しくさせる。
自分らしく生きることを大事にしようと改めて思う。

この映画、5月29日公開ロードショーで、私はすぐに観に行った。
観たとき、気持ちがいっぱいでどうやって文章にしようかなと思ってたら、こんなに時間が経ってしまったのだけれど、どうやら場所によって今も公開されている模様です。



全女性、いや男性にもオススメです。






2015年7月24日

こんな場所に入り浸りたい!「居場所ハウス」という「居場所」~岩手県大船渡市

「居場所ハウス」という言葉を聞いて、あなたが想像するのはどんな家でしょうか?
岩手県で実際に見てきたそれは、「施設」ではなく「家庭」をめざした、高齢者を中心に多世代の人が集まるまさしく「居場所」でした。
「将来は自分もこんな場所に入り浸りたい」
私と同じ気mポチを感じる人は少なくないと思います。

「居場所ハウス」の理念

岩手県大船渡市に「ハネウェル居場所ハウス」という場所がある。



東日本大震災復興の拠点としてできた場所だ。
米国ハネウェル社から建設資金の支援を受けて建設された。
そこには、高齢者自らが社会的役割を見つけることで活動を促進させるNGO「ibasho」(本部;ワシントンDC)が大きく関わっている。

この「居場所ハウス」が、建築家・設計士らが学ぶ勉強会でテーマとして取り上げられ、その講師、NGO「ibasho」創設者が米国から招かれていた。
参加していたのは、高齢者施設や病院を手がける建築家や設計士だろうか。
縁あって私はそれに参加する機会を得、この「ハネウェル居場所ハウス」を知った。

「施設的」から「家庭的」へ
家庭は不便だし非効率的だし、片付いていない。
でも居心地がいいのは、家庭のそういうゆるさであって、完璧は実は心地よくない。
・・・そんな話から始まった。

その「ハネウェル居場所ハウス」には8つの理念がある。、
 ①高齢者が知恵と経験を生かすこと
 ②「普通」を実現すること
 ③地域の人がオーナーに
 ④あらゆる世代がつながり
 ⑤いろんな経歴・能力を持つ人が力を発揮し(できることを探す)
 ⑥地域の魅力や文化を発見し
 ⑦持続性ををもって
 ⑧完全を求めない。

「ハネウェル居場所ハウス」は、高齢者を弱者ではなく地域のリソースと捉え、
高齢者の知恵や経験が生かされる場所を目指して作られた。
ゆるやかに混ざり繋がる場所。
多世代の知り合いができる場所。
さまざまな背景の人々が混ざって安心できる場所。

この話を聞き、これはどんなものかぜひ見に行きたいと思って行ってきた。

子どものころ遊びに行った、おじいちゃん・おばあちゃんの家のようなゆるさ

大船渡の高台の普通の住宅街の中に表れた立札のような看板。



古民家風建物の壁にはこんなメッセージがあった。

中に入ると、
大勢の人たちが何か食べながらテーブルを囲んでおしゃべりをしていた。
どなたがスタッフさんなのか、それともお客さんなのか、見る限りはわからない。

この居場所ハウスではランチも出しているということなので、
昼時にうかがっていただくことにした。
そうしたら、さっきまでテーブルを囲んでおしゃべりしていた女性たちが立ちあがり、キッチンで支度をはじめ、太巻き、お漬物、サラダ、うどん、フルーツ・・・
次々と食卓に食べ物が出てきた。
子どもの頃に、おじいちゃんおばあちゃんの家に遊びに行ったようだ。


どれも「懐かしく、ほっこりするような味だ。
ランチをいただきながら、館長の鈴木軍平さんにお話をうかがった。


この施設は東日本大震災の被災者支援でスタートした。

 支援というのは、まず日常生活の支援。
 生活環境の改善。
 まず買物。

居場所ハウスでは朝市を開き、近隣の人が集まってくる。
元々近隣に住んでいる人たちや、仮説住宅に住む被災した人たちで
80代など、高齢者の人たちが中心だ。
来た人たちは買っていくだけでなく、来た人同士が交流する。おしゃべりする。
そういう人たちのイキイキしている一人一人の顔を見るのが嬉しいと、
館長の鈴木軍平さんは言う。

お話を聞いている途中に、次々といろんな人が表れる。
外で、このハウス関連の何か仕事をしてきた人たち、
偶々届け物を持ってやってくる近隣の人・・・
そのたびに鈴木さんは声をかける。

勉強会で聞いた話そのまま、その理念を貫いて運営されているのがよくわかる。
とても居心地のいい空間だ。

続けるためには課題もある

それでも運営し続けるためには、なかなか難しい現実もありそうだった。
最初は補助金だのみで運営してきたけれど、2年目になった。
これからどう自立していくか、が課題だ。

 自分たちで運営する。
 お客さんも一緒になって運営する。
 ・・・そうは言っても、
 誰もが自由に出入りできる「居場所ハウス」であるためには
 決められた時間はいつも開いていなくてはなりません。
 それは最低限必要なことです。
 たとえ誰も来なくても。
 
 そうなると、一番の問題は人件費です。
 いくらボランティアを中心に運営する、などと言っても
 お金を全く払わずに、ということはできないし、したくはありません。
 だって1日2日の話じゃない。継続していくいことが大事なんですから。

今、「居場所ハウス」ではそのための収益事業を少しづつ始めようとしていた。
いただいた昼食の提供も、居場所ハウスとして野菜を作ること、
それを朝市で販売すること、などもその一環である。
理念だけでは成立しない。

さらに、たとえ収益にならなくてもより多くの人に施設を利用してもらうためにと、次々と新しいことを始めようとしていた。
イベント的なことを企画したり、実施したり・・・。

そのために毎月定例会を行い、ボランティアの人たちも一緒に企画を考える。
ボランティアも高齢者が中心だ。

今、新しい試みとして「わらしっこ見守り隊」というのが始まった。
高齢者だけでなくいろんな世代に、ということで子どもたちにも来てもらおう、と。
子どもたちを見守っていこうという取り組みだ。
中心となるのは、元学校の先生である。

顔を出さないと、みんなが心配してくれる

昼食をいただいたテーブルの奥にはこんな和室が広がる。
スタッフの一人が話していた。

 あれ? ○○さん今日はまだ来ていないね。
 どうしたんだろう?

○○さんとは、居場所ハウスに毎日欠かさず来ている女性だ。
普段家で食べる分程度の野菜を畑で作っているという彼女は、
自宅から歩いて約20分。
毎日来ているから、来ないと自然にそう思うようになるのだ。
その直後に、話題の彼女がやってきた。

 来れば楽しい。
 誰かしらいるからね。
 ここがあるから、毎日歩くんだよね。

この女性がやってくるほんの少し前、
それはまさに施設ではなく「もうひとつの家」のようなものだった。

いつか東京にも

こんな施設が東京にもできたらいいと思う。
隣近所とのお付き合いが薄くなっている都市部だからこそ、
いろんな人が自由に出入りできるような場所がほしい。
ときには茶飲み話をしに、ときにはイベントに参加するために、ときには・・・。
夢はどんどん広がる。

大船渡の居場所ハウスは、古民家を改造したそうだ。
デッキがあって、スペースもたっぷり広々。
もし都市部で、と考えるとこんな余裕あるスペースはなかなか難しいかもしれない。

例えスペースは無理でも、こういう居場所があったらいい。
あってほしい。
もしあれば、私も行きたい。将来は入り浸りたいものである。


ハネウェル居場所ハウス
大船渡市末崎町字平林54-1

「居場所ハウス」の活動を継続するためのサポーター(賛助会員)募集中。
年会費/個人サポーター(1口) 2,500円
※会費は「居場所ハウス」の運営、「居場所ハウス」を通した地域づくりために活用。
振込先(ゆうちょ銀行口座記号・番号)
*02280-7-115147
加入者名(漢字):特定非営利活動法人居場所創造プロジェクト
加入者名(カナ):トクヒ)イバショソウゾウプロジェクト
詳しくは「運営サポートのお願い」参照

2015年7月21日

「シニア男性の引きこもり」から気づく、心がけのポイント

素敵な人生の先輩がいると、元気が出る。

 こんなことやっている先輩がいるのか。
 先輩はこんなふうに考え、見ているのか。

そういうことを知ると、自分はまだまだだと思うことがある。
自分のこれからをもっと考えたくなることもある。
そして、自分のこれからの可能性を感じられる。
・・・そんなことはないだろうか。

シニア向けのiPad講習を展開する山根さん。


現在80歳だそうだが、今の活動、それまでの活動をうかがうと、元気が出る。
そんなことを以前書かせてもらったが、その山根さんに同世代の男性についての話を聞いた。

山根さんによれば、男性が会社を卒業して失うものは次の三つなのだそうだ。

 ① 行くところ
 ② 会う人
 ③ やること

そして、そんなことは彼ら自身もちゃんとわかっている。
だから地域デビューを目論むわけだが・・・

山根さんに同世代の男性について聞いてみたら、暗い顔になった。

 女性は失うものがないから遠慮しないでしょう?
 リタイアした男性に向かって、「そんなこともできないの」とか平気で言うから。。。

 今まで会社と家の往復だけで、
 仕事関係以外のつきあいがほとんどなかった男性は、
 そんなことちょっと言われるだけで、ものすごく傷つくんですよ。

え?!
女性はそんなこと言いますか。

 例え言葉で言われなくたって、
 そう思われていることくらい敏感に察知しますよ。

 だって会社では上司や周りがどう自分を見ているかを察知する訓練を
 ずっとしてきたのだから。
 そういう気持ちは敏感に察知します。
 これが、シニア男性の地域デビューの悲哀。

たしかに、女性の言葉は無邪気なおしゃべりで容赦ない、かもしれない。

地域活動では、女性は男性に肉体労働やアッシー(車の送り迎え)を求めていることが多いのだそうだ。
だけど当の男性は地域に知的労働を提供するつもりで張り切ってデビューする。
だが、女性は知的なことなどほぼ期待していない。
完全に需要と供給のミスマッチである。

無力感を感じた男性は自分が社会から必要とされていないと感じ、
引きこもってしまうのだという。
あえなく挫折してしまうのだ。

私は男性じゃないけれど、ずっと男性中心の会社社会で生きてきたから
わからなくもない。

そうならないようにするにはどうしたらいいのでしょう?
山根さんはどうしてそうならなかったんでしょう?

 ときどきイヤなババア、イヤなジジイを見かけるでしょう?
 そういう風になりたくない。

それが山根さんの動機づけなのだと言う。

 若者は頭に投資、中年になったらカラダに投資、シニアになったら心に投資、

なんだそうで・・・。
まずい、まずい。
自分自身を省みると、頭にも、カラダにも投資をしてこなかった。
これから心に投資、か。
心に投資ってなんだろう。
心に余裕をもつこと、穏やかであること、心を強く持つこと・・・

そういう山根さんが今、大事にしていることは「四つの気」。
「四つの気」とは、元気、やる気、思う気、根気。

思う気とは思いやる気持ち、という意味合いなのだそうだが、
この「思う気」が、心に投資することにつながると思えた。

この四つの気、
実は今から約50年前、小学生の息子さんの授業参観に行ったときに壁に貼ってあった言葉だそうだ。
いい言葉だなと思って、それ以来ずっと大事にしてきたと言うが、
まさに! 
子どもよりも大人こそが、大事にしたい心がけのポイントである。

2015年6月8日

地域の高齢者コミュニティに初めて参加する人は、本当は渋々・・・?!  でも、来れば皆さん意外に楽しそう。私も力をもらえます。

地域の高齢者が集まる場に、去年から時々うかがうようにしている。
社協(社会福祉協議会)が月に1回開催する場だ。

毎月自宅に来る回覧板の中にお知らせが入っていた。
皆さんお気軽にどうぞ、と。
でも、なかなか行けるものじゃないだろう・・・
そう思いながら、眺めていた。

我が家が今の場所に住んで約15年。
マンション住まいではないので、向こう3軒両隣くらいのおつきあいはあるが、
それでも地域のことをよく知ってるとはとても言えない。
子どももいないし、私はずっと外で働いてきたことも、おそらく影響しているのだろう。

会社勤めが長い男性は、定年退職後地域デビューができないという話はよく耳にするけれど、男だけじゃない。
私自身も他人事ではない。

いつかは地域に・・・そんな思いを抱き、時間も少しできたし、勇気を持って(笑)
地域の高齢者が集まる場に行ってみたのが、今から約1年前だった。
やってくるのは、70代、80代、90代・・・・ほとんどが女性だ。
そして皆、とってもお元気。
60代の女性たちがスタッフとして運営している。
スタッフには民生委員をやっている方も多い。

初めて行った時、私は見学目的の参加者だったけれど、
いざ行ってみたら、私と同世代の人は一人もおらず、私がかなり浮いていた。
高齢者のつまりなんだから、当然といえば当然。

すぐにリーダー格の人から、よかったら手伝わないかと声をかけられ、
それ以来、時間がある時に時々顔を出している。

それは、地域に暮らす高齢者のための場であるだけでなく、
高齢者の様子を地域が把握する場にもなっていた。

近隣の高齢者同士が互いの顔を知る。
元気かどうかを確認する。

特に一人暮らしの高齢者が増えてきた今の時代、
社協として個別に訪問するだけでなく高齢者が自らこういう場に来てもらうことで
地域で支えていこうという取り組みなのである。
目指すのは、住みやすい地域、安心な地域だ。

月1回のその場では、簡単なストレッチや体操をしたり、おしゃべりをしたり、
難しい漢字の読み方クイズや頭の体操をしたり、
トランプなどのカードゲームをしたり、歌を歌ったり・・・・

約2時間の間で、毎回スタッフが趣向を凝らし、いろいろなことをする。

参加者の中には、これをきっかけに親しくなったお仲間もあるようだし、
月に1度会うことで近況報告をし合う方々もいる。

それに加えて毎回、初参加の方が1~2名いらっしゃる。
ほとんどが、社協や民生委員、近所の人、家に出入りするケアマネジャー等々
の勧めでやってくる方々だ。
そういう方々は皆さん同様に
「再三言われて渋々来た」
「前から知ってたけど、あまり気が進まなかった」
とおっしゃる。
皆さん、行きたくて行きたくて楽しみにしてやっと来る、というわけではないのだ。
だけど、いざ参加してみると
「意外に楽しくて」
「いざという時に安心だから」
「いろいろ気にしてくれてありがたい」
と時々顔を出すようになり、元気であれば毎月来るようになる方が多い。

先日も初めて参加した人がおっしゃった。

今年の12月に80歳になります。
会社を辞めて悠悠自適生活を15年してきた。
まだ行かなくてもいい、80歳になってから行こうと思っていて
あと半年あるけど、オススメもあったので来ました (79歳男性)

ずっと教員をやっていました。
随分前から昔の生徒の保護者からのススメがあったけれど、どうも気が進まなかった。
でも、せっかく声をかけてくれるのに失礼だし・・・ (70代 女性)

気持ちは少しわかる気がする。
見学目的だった私ですら、ちょっと見に行くだけなのにすごく勇気が必要だった。
あまりよく知らない人たちの中に飛び込んでいく、
何をやっているのかわからないところに行く、というのは
どんな人でも腰が引けるものであろう。

ましてや、高齢者のための会に誘われる、何度も誘われ続けるのだから、
自分が心配される側に入ったことを感じるだろう。
年齢は頭ではわかっていても、
それを自分でしっかり認めざるを得ない状況に置かれることになるのだから、
気が進まないのも仕方がない。

世の中で高齢者コミュニティの重要性が叫ばれながらも、
そういうものがあまり広がっていかないのは、こういう気の進まない感じ、
イメージがあるからだと思う。

最初から行きたくなるような仕掛け、イメージづくり、ムードメイクは
とても大事な気がする。

それでも、何回か参加するうちに、
元気をもらったり楽しい話が聞けたりすることが、あるのではないだろうか。
私は自分自身が高齢者として参加しているわけではないが、
それでもお茶を飲み、お菓子を食べながら、
大先輩たちのお話を聞く時間は楽しい。お話を聞いて元気をもらえる。

Yさんは、
90歳を超えてからボケ防止のために何かやろうと思い、麻雀を始めた
のだそうだ。
ルールを覚えるのにはちょっと時間がかかったけど、
定期的にやるようになっていったと言う。
だけど、1回に3,000円、5,000円とかかるようでは、
毎日楽しむには少し無理がある。
そこで安く遊べるところをいろいろ探し、
見つかった場所は少し遠いけどそこまで歩いていき・・・、
~そんな話を聞いたのは半年前のことだった。

「その後、麻雀はいかがですか?」と、先日行った時にYさんに声をかけたら、
あぁ、もう麻雀やめたのよ」とあっさりとおっしゃった。
え?!

麻雀は楽しいけど、時間がかかって・・・
たまにやるのはいいだろうけど、時間がもったいなくて・・・・
その分、もっといろいろなことができるんじゃないかと思ってやめたの。
やりたいことをし損ねちゃうでしょ。
もったいないじゃない?

そう話したYさんは、今、御年94歳。
背筋がピンとして、何事もテキパキとして、口調も早くてハッキリ。
Yさんは麻雀をやめた時間で、もっともっとやりたいことをしているのだ。
いったい何をしておられるのだろう。

こういう話を聞くと、私は本当に怠け者だと思う。

この時間で、もっといろいろなことができる・・・
やりたいことをし損ねたらもったいない・・・

そういう気持ちをずっと持ち続けていられたら、なんと素敵なことだろう。
私が90歳を超えたとき、そういう気持ちを持ち続けていられるだろうか。

素敵な大先輩に会えるのは楽しい。
自分のヒヨッコさに笑ってしまうと同時に、希望に満ちた気持ちで。
「オイ、もっとガンバレ!」と自分に対して言いたくなる。

今度Yさんに会ったら、麻雀をやめた時間で何をしているのかを聞いてみよう。
益々、私は希望をもらえそうな気がする。






 6月10日 生きざまと顔の関係 自分の顔について考える。



セミナー「マイナンバー制度を知る」
 私がオススメの社労士さんに直談判し、話してもらうことになりました。
 7/10(金)19:15~ 東京千代田区で。
 お申し込みはこちらから。

2015年6月4日

できないことができること、知らなかった世界の入口に立つことは、これからの人生が開けていく瞬間

新聞や雑誌など紙を読む人がどんどん減っている。
今や、ほとんどの情報はネット上にある。
メーカーも、行政からの情報も、「詳しくはホームページで」。

だけど、世の中は少子高齢化。
高齢者が5人に一人、4人に一人の時代に入った。
現実に高齢者がたくさんいるのである。
結果的に、ネット上の情報に辿り着けない人が多い。

だからシニア層に向けて、iPadやスマホを使えるようにするための講座を展開している人がいる。
NPO法人シニアSOHO世田谷の代表理事、山根明さん。
昭和10年生まれの80歳だ。


約20年前、マネージャークラスは概ね自分でほとんどパソコン操作はできず、
必要な時は部下にやってもらっていた。
定年退職目前の山根さんにとってもそれは同じで、パソコンは見るだけ。
資料作りは部下にお願いしなくてはならない。
けれど部下も忙しくて、なかなかお願いしてすぐにというわけにはいかない。
仕方がないから山根さんはデータの数字は、電卓片手に手書きで書きこんでいた。
けれどこれは無駄だと思い、パソコンを習いたくてパソコンスクールに行ったのが、今の山根さんの始まりだ。

そのパソコンスクールで山根さんは、
84歳の女性が12時間でメールとインターネットを習得するのを間近で見る。
今から20年前のことだ。
その女性は大学教授の奥さまで、ご自身が若い頃英語教育を受けていた。
だからできたのだろう、と言う。

会社を退職後、山根さんは教える側になってパソコンスクールをスタートした。
シニア向けにわかりやすく教えるパソコンスクールだ。
それでも、ローマ字入力がデフォルトのパソコンは、
やはりシニア世代には、なかなかハードルは高く、かつて受けた教育によって習得に差が出ることも多かったという。

それから十数年がたち、iPadが出てきたとき、これだ!と思ったそうだ。
iPadなら、シニアでも20分で習得できる、と。
銀行のATM、電車の券売機・・・・タッチパネルなら日常的にやらされているから、
シニアの抵抗感も薄いだろうとも思ったのだそうだ。

シニアの皆さんがiPadで必要なのは、メールとインターネット。
それだけで十分。

山根さんはそう言い切る。
大事なのはコミュニケーションツールとして使えるかどうか。
コミュニケーションが取れれば、つながりが広がる。深まる。
さらに調べたいことが調べられるかどうか。
シニアが行政に「詳しくはホームページで」と言われて、パソコンに縁のないシニアは見に行けない。
見に行けるようになれば、それだけでぐっと世界が広がる。

仕事で使うわけじゃないのだから、ワードやエクセルができるようになったところで意味がない。
だったら、パソコンである必要がない。

まずは触ってみないと・・・・ということで無料体験会をスタートした。
そのためにその場で触ってもらうためのiPadを多数買い揃えた。
総務省のビジネス起業コンペで優秀賞などで獲得した賞金がその元手になった。

現在、山根さんはあちこちでシニア向けのタブレット講習会を行っている。
アクティブシニアを増やしていくことが山根さんの狙いである。

山根さんが受講生にいつも言うことがある。

赤ちゃんは泣くのが仕事、と言われるように、
 高齢者は、忘れるのが仕事です。いくら忘れたっていいんです。
 忘れれば、またここで聞けばいいんだから。

そう言われるから、受講生もわからなくなって行きづらくなる、ということもなく、
安心して通うことが出来る。

山根さんが届けているのは「安心」なのだと言う。

スクールに通う上での不安がない=安心。
それに加えて、情報を集めるためのツール、双方向で情報交換するためのツールがあれば、いざという時に「安心」だ。
コミュニケーションをとるための手段があるということは「安心」できるということそのもの。

実際に教えていて一番嬉しいのは、受講生が感動するのを目の当たりにする時だそうだ。
「できたー!」という大きな声とともに感動する姿だ。

見学に来てみなさいよ。
もう、大騒ぎですよ。
すごく賑やか。

こういう姿を見ると、山根さんは、教えてよかった!と思うと言う。
それはまさに人生に触れ合う瞬間だ、と。
シニアの人たちが、今まで知らなかった世界の入口に立ち、これからの人生が開けていくであろう瞬間だ、と。

インタ―ネットの技術進歩はあまりに早く、年齢が高い世代はなかなか追いつけない。
団塊世代より下は、パソコンに触ったことがない人はだいぶ少なくなってきた。
それでも、スキルの格差は想像以上だ。
普通のコミュニケーションから取り残され、知りたい情報にもたどり着けない人はまだまだたくさんいる。

山根さんは、かつては山根さんの先輩世代に教えていたけれど、
今では同世代や山根さんより下の世代にも教える。
高齢化時代の今、山根さんの存在価値は大きい。

シニアのための・・・と言っても、こういう講座にやってくる多数派は女性たち。
問題はシニア男性の引きこもりなんですよ」と、さらなる興味深いお話も飛び出した。
これについては、また別の機会に書こうと思う。




 6月10日 生きざまと顔の関係 自分の顔について考える。
 7月 8日 もしも親(配偶者)が認知症と診断されたら。
 8月19日 ココロの整理とモノの整理


セミナー「マイナンバー制度を知る」 東京・神保町にて。
 7月10日 マイナンバー制度とは?
       (制度の背景、概容、メリットとデメリット、導入スケジュール他)
      参加お申し込みはこちらから。      




   

2015年5月26日

出世すると残りの人生が大変・・・偉くならない方がいい理由

今の若い人は、仕事とプライベートをきっちり分け、
職場での飲み会にも昔に比べてあまり行かないと聞く。
ということは、会社の中で「出世」することなんかに対して、
興味がないのかもしれない。

当時から「出世したい」などと声高らかに言う人はあまりいなかったけれど、
それでもみんな密かに出世を望んでいる空気はあったように思う。
やっぱりサラリーマンは偉くなってナンボなんじゃないかなあと、
私も漠然と思っていたように思う。

でも、出世の結果が明らかに見える年齢になった今、
周りを見渡してふと思うことがある。

なんでみんな出世したかったんだろう? 
どうして偉くなりたかったんだろう?
偉くなった人は、それでよかったと、心から満足しているのだろうか。


偉くならなかった方が、ずっと楽しく働けるって!

今、趣味やコミュニティ活動などを活発にやるだけでなく、
ても楽しそうに仕事をしているT.Oさん。今、65歳だ。

偉い人は、使う方も使いにくいでしょ?
使う方は気楽に使いたいじゃない?
働く方は、定年後なら小さい会社でもいい、
好きなことをさせてさえもらえれば働くだけで楽しい。
1人社長より上場会社の部長クラスの方よっぽど優秀なことも多いのに、
なまじ偉くなったせいでリタイアして他で働けなくなってくすぶっているのは残念だよね〜

そういうT.Oさんはも、昔は偉くなりたかったのだそうだ。
現役のときは休日出勤たり、残業したりして人並み以上に頑張って来られたそうだ。
でも、もしももう少し出世して子会社の社長にまでなっていたら・・・・
今のようには働けなかっただろうと笑う。
もしそうなっていれば、きっと残りの人生が大変だろう、と。

今、考えてみると、会社は人使いが上手いな!

T.Oさんは苦笑する。
上に行けば行くほど権限はある、給料は上がる、待遇か良くなる。
例えば新幹線はグリーン、飛行機はファーストクラス、送迎の車・・・
こうやって見せつけられるから、当然のようにみんな上を目指す。
会社は管理職と言うニンジンをぶら下げて働かせる仕組み・・・

T.Oさんの場合、一部上場会社の部長まで昇ったけれど、
子会社へ出向したことで考えが変わったそうだ。
その出向先で若い上司に仕える業を修得し、
結果的に長く雇ってもらえるようになったのだ。
おかげで今、仕事で全国~世界を飛び回り、
仕事をしながら、合わせて趣味を楽しみ倒している。

休日出勤し、残業し、出世することを目標に、
モーレツ社員と言われながら会社のために頑張ってきた人の中には
今、家の中にひきこもりになり、毎日やることがないという人が多いと言う。

それはオジサンだけだと思ったら大間違いだ。
あと10年もすれば、キャリアウーマンともてはやされ、
働き続けて定年を卒業した女性たちもどんどん放出される。他人事じゃない。

私自身も、会社員だった頃には
「いざとなれば、ファーストフード店でスマイル0円って言って働くもん!」
などと言っていたけれど、会社員でなくなった今、本当にそれができるかどうかは
甚だ疑問である。
長年の経験、というプライドにしがみついているかもしれない。
そうなれば使う方も、オジサン化した私を使いにくいはずだ。

誰もがT.Oさんのようになれるわけじゃないけれど、
楽しく長く働き続けるためには、偉くならないほうがよさそうだ(笑)。
T.Oさんの実感ある言葉の意味が、私は今、少しわかるような年齢になってきた。


 6月10日 生きざまと顔の関係 自分の顔について考える。
   体験参加受付中 

2015年5月14日

やっていたこと・やったことは、見たり聞いたりするのとは全然違う

自宅を拠点に仕事をするようになってから、気がつくと運動量が激減した。
1日の歩数が100歩に満たない日が少なくない。
身体の調子もあちこちおかしくなってくる。

危機感を感じて、都心はできるだけ電車を使わず自転車で移動するようになった。


自転車乗りの夫の影響だ。

5年くらい前から、夫は自転車に夢中になった。
週末になると200キロ、400キロと走る。
そこには夫より一回り近く歳年上の師匠の存在がある。

もちろん、私は夫とは全く違って、近隣への交通手段の選択肢のひとつとして
自転車に乗るよういなったにすぎない。
せいぜい5~6キロのことで、長距離と言っても10キロ程度だ。

さて夫は、その師匠からこれまでにいろんなことを習ってきたと言う。
体力の温存の仕方、スピードコントロール、筋肉の使い方・・・
夫が自転車を始めて既に5年以上経つのだが、
夫にとっては、師匠はどう頑張っても超えられない大きな壁なのだそうだ。
60を優に超えているけど、とてもかなわないのだと言う。

師匠は穏やかな紳士で、
気張るとか偉そうなところが全然なく、私から見ても魅力的な素敵な60代だ。

大型連休の最終日、私は友人たちと車で群馬県の馴染みの宿に出かけた。
同日、夫は師匠と自転車で日光からいろは坂に向かい、私たちは宿で合流した。

一緒にお酒を飲みながらくつろいでいた時、その師匠から聞いた話。

どんなスポーツでも、多少でもやっていれば大体カラダは覚えている。
スポーツをやっていたことって無駄にならないんだよ。

サッカーをやっていた人とやっていない人、
テニスをやっていた人とやったことがない人、
スキーをやっていた人とやったことがない人、・・・
歴然とした差がある。

たしかにその通りだ。
私は昔、ずっとスキーをやっていた。
ここ20年は滅多にスキーに行かなくなったが、それでも今でもスキーをやれば、
一応多少は滑れる。
疲れるけど、板をかついで歩くこともなんとかできる(だろう)し、
リフト待ちではスキーを履いたまま少しづつ歩くこともできる。
スキーをやったことがなければ、
スキーを履くのも立っているだけでも、きっとイッパイイッパイだ。

やっていたという事実だけでなく、そのスポーツ特有のカラダの動かし方、
コツみたいなものをカラダはちゃんと覚えているのだ。
どんなに長い時間がたっていたとしても。

だからやったことがないことはできないのは当たり前だし、
やっていたことはそれだけで貯金でもある。
今からでも始めれば、カラダの中に貯金ができる、と。

今、私は自転車に乗るようになり、
私のカラダの中に少しづつ貯金がたまっているのかもしれない。
「やる」ということ・・・それは必ず貯金になる(と思う)。

だから、とりあえずやってみるというだけでも、きっと大きな力になるだろう。
カラダだけじゃない。
どんなことだって、やってみることに意味がある。

本で読んだり映像で見たりするだけでなく、実際に自分がやってみること。
やったことがあること、
それ自体は、見聞きするだけよりもずっとずっと大きな意味がある。
夫の自転車の師匠の話は、そんなことを教えてくれた。





 5月18日 人生の地図を描く(マンダラエンディングノートを使って)
       満席でしたが1名キャンセルが出ました。
       体験参加ご希望の方はお早めに。

 6月10日 生きざまと顔の関係 自分の顔について考える。
       体験参加受付中



2015年5月10日

シニアというと高齢者を指すけど、今の団塊世代は高齢者なんかじゃない

会社員でなくなってから、ビジネス以外のいろいろな活動に関わるようになった。
NPOアクティブ・シニア・クラブは、私が関わっている活動の一つだ。

「シニア」という言葉からは高齢者をイメージするけれど、
さて、高齢者とはいったい何歳くらいをイメージするだろうか?!
NPOアクティブ・シニア・クラブは、
団塊世代が会社定年後も楽しくアクティブに生きていくことを目指すNPO法人
として2007年に誕生した。
その当時、団塊世代は58~60歳だった。
今、団塊世代は66~68歳になる。

厚労省で言う高齢者は65歳以上なので、
たしかに今の団塊世代は高齢者になるのだが、
私の目から見てまったく高齢者という感じがしない。

私は団塊世代からは一回り下の世代ではあるが、
その趣旨に賛同するし、先輩諸氏がどう生きていくかを間近に見たくて
このNPOに入会し、今では理事を務めている。
メンバーは必ずしも団塊世代だけではなく、
団塊の動きに注目する私よりも若い世代の人たちも少なくない。

クラブでは、年金・雇用保険、医療保険、遺言・相続、介護・福祉、ライフプラン、
生きがい等々、よりよく生きる術を網羅して学ぶアクティブシニア講座や
面白そうなネタをテーマにしたオープン講座を開催するほか、
メンバーはいくつかの研修部会に分かれ、
情報交換したりさらに深掘りして学んだりしている。
メンバーがそれぞれの専門家としてほぼボランティアで教えるので、
他の民間講座に比べて圧倒的にリーズナブルでもある。

さて現在の団塊世代(男)は、
1日どうやって時間を潰せばいいか、わからない人が多いのだそうだ。

家にずっといると暗くなる。
旅行とかは一度行くと飽きる。
だから、そのためにも長く続く趣味を持つといい!と声高に言っているメンバーも、
このクラブに入った当時は、会社が自分の世界のすべてだったと言う。

一部上場企業に勤務する部長さんだった押野勉さん(65歳)は、
だんだんと定年が視野に入り、
会社関係の知り合いばかりでこれはまずいぞ!と思い始めたのだと言う。
でもどうやって自分の世界を広げたらいいかわからない。
そんな時に目についたのがこのNPOだったそうだ。
押野勉さん(65歳)
よりよく生きる術を網羅して学ぶアクティブシニア講座を学ぶことで何か新しい
世界とつながるのではないかと思い、この受講を申し込み、受講後は
メンバーになった。
そこで開催されたオープン講座でフェイスブックを知り、
その日からすぐに始めたことがきっかけで世界が爆発的に広がり始めたのだ。

フェイスブックをきっかけに次々とイベントに参加するうちに
3,000人以上になった友達は老若男女が入りまじる。
若い女性には「パパ」と呼ばれ、大人気だ。

同時に「昔からずっとやりたかった!」と思っていたけど仕事が忙しくてできなかった和太鼓のお稽古をスタートさせ、若者に交じって練習に熱中し、去年は海外遠征にまで出かけて行った。

元々の勤務先を卒業後の今は、第二、第三の職場へと移っている。

全国に飛び回る出張で大忙しだけど、
鉄道ファンの乗り鉄趣味も手伝い、仕事と一緒に楽しんでいる。

上野発、札幌行きの寝台特急北斗星、3月に廃止になると知ってすぐにチケットを入手し、廃止前の北斗星に乗った。
出張で出掛けても時間を見付けてはローカル線に乗っている。

最近、「撮り城」という趣味が加わったのだそうな。
日本に現存しているのは12城あるらしく、4月には現存城の弘前城へ行っていた。
これから2年で回る計画らしい。

仕事に、遊びに、と大忙しであちこちに飛び回っているので、捕まえるのも大変だ。
遊ぶために働くのをやめられないと笑う。

ちなみに愛妻を月に一度食事に連れて行き、
働いている間は一人旅OKを貰っていると言うので、気配りも抜群(笑)。


こういう人生の先輩を間近で見られるのは嬉しい。
その生き方そのものが、私にとってのベンチマークになる。
そういう先輩諸氏を見ながら、私は自分の10年後を考える。
60代になった時に私はどんなふうに暮らしていこうかなと思いを馳せるのである。







 6月10日 生きざまと顔の関係 自分の顔について考える。
       体験参加受付中


 5月18日 人生の地図を描く(マンダラエンディングノートを使って)
       入会は受付中ですが、体験参加は満員御礼となりました。