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2016年7月29日

欧米から見て、仏壇の遺影に語りかける日本人の姿はヘンな人?!

遺影というのは、日本独特のものだとご存知でしょうか?


海外の場合はポートレート。
生きている時にこそ飾られるもので、
亡くなってから飾る、ということがないから遺影がないのですね。


この遺影との向き合い方は、日本人の死生観と大きく関わっているようです。



ご先祖さま、という概念


私たち日本人には、「ご先祖様」という概念があります。
無意識にも、亡くなった人が見守ってくれる、
亡くなった人に見られている、と思っている節があります。

そういう概念があるから、
故人に力を貸してください」と祈ったり、
故人に対して恥ずかしくないかと自分を戒めたり、
故人に叱られる、故人が褒めてくれる、
と思ったり・・・。

ほら、遺影に向かって話しかける人、あなたの周りにもいませんか。
もしかしたら、あなた自身も無意識に話しかけているかもしれませんね。

甲子園やオリンピックなどでも遺影を抱える姿もよく見かけます。
それは、大事な場面を故人に見せたい、
故人に対して、見ててね、力を貸してね、という
気持ちの表れでしょう。

もちろん人によって、宗教観によって、その違いはあるとは思いますが、
それでも日本人のこのような遺影に接する様子を見て、私たちはあまり違和感を感じないと思います。



この人、ダイジョウブ?


けれども欧米の人から見ると、
仏壇の遺影に語りかける日本人の姿は、ヘンな人にしか見えないようです。
この人、大丈夫かしら?と疑われかねない光景なのだそうです。

文化人類学と
「ターミナルケア(終末期医療)」「みとり」をキーワードとした
医療・福祉の文化的背景が研究テーマの郷堀ヨゼフさんは、
1979年、チェコスロバキア(現チェコ)生まれの
上越教育大非常勤講師で淑徳大(千葉市)准教授。

このたび日本人の死生観などに関する考察をまとめた著書
「生者と死者を結ぶネットワーク〜日本的死生観に基づく生き方に関する考察〜」
が出版されたそうですが、そのニュースによれば、

来日後に見た仏壇の遺影に語りかける日本人の姿を見て、
欧米では精神疾患すら疑われかねない光景に驚き、
これが研究の出発点になった

そうです。



この死んだ人と生きた人とのつながりというのが日本独特のもののようで、
これはその日本人らしい生き方というのに考察を加えた本だそうです。

私たち日本人にとっては普通の死者との会話、故人との対話で、
たしかに私たちは慰められたり、チカラをもらったり、します。

そこで自分が一人ではないことを再確認します。
でもそれは、自分自身と向き合うきっかけを得ることもあり、
実は自分との対話でもあるのです。

大事なことを故人に報告します、よね。
私の父はお墓詣りに行くと、
お墓に向かって大きな声で延々と家族の近況を報告していました。


今の時代、死者との対話の機会は激減


今、都会に暮らす私の家には仏壇がありません。
供養に関わるものもありません。
でも実家にはあるので、ときどき実家に帰ったときに仏壇に手を合わせ、
そこで故人を思う程度。
死者との対話の機会など、ほとんどありません。

郷堀さんは
新潟県糸魚川市能生地域で研究テーマのフィールド調査を実施したそうです。

地域には亡くなった人を含め、脈々と続く人々のさまざまなつながりがあり、
「決して1人ではなく、何かがあれば、手を差し伸べてくれる」関係性があった。
一方で、田舎の煩わしい人間関係を嫌い、都会に出て行った若者が孤立すると、
地域や死者との「縁」が断ち切られるという。

人との「縁」は故人とのつながりだけじゃない、ということです。

私たちは、日本人にとって日常だったはずの脈々と続くさまざまなつながり、縁
というものを、今、忘れつつある

外国人の目が警鐘を鳴らしている、とも言えます。


遺影があれば亡くなった人と対話できる

だけど、遺影だったらどうでしょうか。
仏壇がなくても、供養をしていなくても、
遺影という故人の写真を見るときには、私はふっと故人を思うことができます。
心の中で声をかけることもあります。

それは、実は自分自身に語っていることなのかもしれません。
報告しながらも

がんばれ!
よしよし!

と。

現代人は、この日本独特の「遺影」に対して、
もう少し注目してもよいのではないでしょうか。
人と人とのつながりを大事にする、手を差し伸べる、助けを乞える社会のためにも。

いい遺影を遺そうとすることは、やさしい社会のためにもなるのかもしれません。


2016年6月20日

白川由美さんの遺影は、20代前半の時の横顔でした

6月14日、女優の白川由美さんが心不全のため亡くなり、
17日に東京都渋谷区の祥雲寺でお通夜が営まれたそうです(享年79歳)。
近親者のみでという報道でしたが、結果的には約500人が参列。
そのシンプルな祭壇には20代前半に撮影したという遺影が飾られたことが
ネット上のニュースに出ていました。


http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2016/06/18/kiji/K20160618012801950.html

遺影を見る機会が少なくなった

かっての葬儀は大きくて、訃報を知ったらとりあえずお通夜に駆けつける、という
のが当たり前で、だからいろいろな方の遺影に出会う機会がありました。
近親者だけの葬儀は、昔は密葬などと言われて、あまり多くありませんでした。
芸能人や有名人も近親者のみということが少なかったから、
訃報の後の芸能ニュースではだいたい遺影が飾られた祭壇が出てきたものです。
今は、葬儀が簡略化し、家族葬が増えたこともあり、有名人・一般人問わず、
近親者でもない限り遺影を見る機会が少なくなりました。
だから葬儀・終活業界でもない限り、一般の人が遺影について考えることなど、
たぶんほとんどないのではないでしょうか。

遺影について思うこと

私が終活やエンディングノートの世界に入っていったのは、生きざまが滲み出た「顔つき」に興味をもったから。
その「顔つき」の究極が遺影だと考えていたので、その昔、ブログで遺影について思うことを書いていました。

私はカメラマンではないので、自らファインダーを覗いてひとさまの遺影を撮ることはしないけれど、
それでも

なぜ遺影が大事なのか?
どういう遺影が素敵なのか。喜ばれるか。
本人にとって、
遺された家族にとって、
友人知人にとって・・・

そういうことだったら、持論がありました。
たぶん当時、世の中の誰よりもそういう思いを強く持っていた、
という自負があったので、そんなことをぼちぼちとブログに書いていたのです。

そのせいか、一部で「遺影研究家」なんて言われることもあり、
私自身も、その言われ方はまんざらでもない気分。
ちょっと嬉しかった。。。
最近は遺影についての発信をあまりしていませんが、
その興味関心は、今も変わらずアツいものがあります(笑)。

この度の白川由美さんの訃報で私がまず思い出したのは、二谷英明さんの遺影でした。
煙草を燻らし、ちょっと斜めを向いて。
それはそれはカッコいい、クールで品が良く色気もある写真でした。
二谷英明さんは晩年に患った脳卒中の後遺症で車椅子生活で、施設におられたそうですが、その頃、白川由美さんの寝室にはこの写真を大きく引き伸ばして飾ってあったそうです。
二谷英明さんの葬儀で、白川由美さんは
「素敵なパパ。
皆さんには素敵なパパを覚えていてほしい。」
と言って、その写真を遺影に選んだというエピソードがありました。

20代前半の写真を遺影に選んだのは、白川由美さんご本人でしょうか。
それとも喪主を務められたご長女の二谷友里江さんでしょうか。
おしどり夫婦で有名だった二谷英明さんと白川由美さん。
二谷英明さんが旅立たれてわずか4年で、追いかけて逝かれました。

遺影っていつの写真がよいのですか?

ときどき終活や遺影についてお話をする機会があり、
そこでよく聞かれるのが
遺影はいつの写真がいいのですか?
という質問。

いろんな考え方があるでしょうが、
私の答えは
いつだってよろしいと思いますよ
です。

ほんの30〜40年くらい前の遺影は黒枠、白黒の怖い顔で、笑うなど持ってのほか。
普段のスナップ写真が遺影に使われるようになったのは最近のことです。
遺影がない葬儀なんて考えにくいかもしれませんが、一般の人のお葬儀で遺影が飾られるようになってから、まだせいぜい100年経つかどうかのこと。
決まりなどないのです。


今もお元気でご活躍中の鳥越俊太郎さんは、
ご著書のなかで遺影を決めていると書いていますが、その写真は30代のとき。
それは毎日新聞の記者としてテヘランにいらした時の写真です。
おそらくご自身が一番思い出深かった時なのだと思います。

そして今回の白川由美さんは、今から50年以上も前の写真を遺影にしたことになります。
しかも少し横を向いていて、目をきりっとして、自分の胸に当てた手にも力が入っているように見えます。
女優さんらしいなあと思いました。

私たち一般人の場合は、
数十年も前の写真を遺影に使う人はあまり多くないかもしれません。
だけど自分の今までをふり返って、遺影にしたいくらいの時期っていつなんだろう?と
考えてみるのも、悪くありません。

そういう写真を何枚か用意してみませんか。
それはきっと、その時の自分にOKをだしている証しでもあります。
できれば少しづつそういう写真を増やして行けたら、自分の人生が豊かになっていくような気がします。




2015年11月5日

今のカラダへの悪影響は、昔々のちょっとした小言がモトだったのかもしれない

歯医者さんが大嫌いです(歯医者さん、ごめんなさい)。
子どもの頃から歯には散々悩まされてきたので、十分大人になった今、
定期的にメンテナンスに通うようにしています。
今日はいつもの衛生士さんのクリーニングだけでなく、久しぶりに
歯医者さんに見てもらったところ、噛み合わせが極端に強いと言われました。
そう言われて思いうかべることがありました。

歯を噛みしめる

噛み合わせ、食いしばり、愕関節症・・・、よく聞くけれど、今まで他人事だった。
無意識のうちに強く噛む状態で一番多いのが眠っているときだそうだ。
歯ぎしりなんて言われたことないし・・・と言ったら、
音が出ない歯ぎしりもあるのだそうな。
ぎゅーっと強く噛むことで歯が欠けたりヒビが入ったり、
歯ぐきへの負担も大きいのだそうだ。
この噛み合わせが強すぎることは、
歯(口の中)の健康状態に悪い影響を与えているというのである。

そう言えば、仕事中に自分が歯を噛みしめていることに気づくことがある。
パソコン使用中などはしばしばだ。
仕事中の肩こりがひどかったので、肩こりの要因になるかもしれないと思い、
仕事中に歯を噛みしめていると気づくと、
私は意識して緩めるように心がけていた。


口を閉じているときというのは、
本来口の中では噛みしめていないはずなのに、
噛み合わせの強い人はなぜか噛みしめている人が多いんです。

歯科衛生士さんにそう言われて、ふと思い当たることがあった。

子どもの頃の記憶

幼い子どもの頃、私はしばしば「口を閉じて」と、言われていた。
ぼーっとしている子どもが、
口をポカンとあけている様子を見ることがあるでしょう?
私はそういう子どもだったのだ、たぶん。

口をあけっぱなしにしているとおバカさんに見えるから、
きちんと口を閉じなさい。

子どもの頃にしばしば言われていたその小言を、
歯医者さんからの噛み合わせの話を聞いて、ふいに思い出したのだ。

いつも頭の片隅に、
私は無意識のうちに口をポカンと開けてはいないだろうか?
口をきちんと閉じていなくては!
という意識があることに私は気づいたのである。

実際、その小言が今の私の噛み合わせに影響しているのかどうかはわからない。
でも潜在意識の中で影響を与えているのかもしれないと思った。

子どもが口を開けたままぼーっとしている顔は、
確かにおバカさんみたいな顔かもしれないけれど、
子どもらしい顔でもある。
もしも当時何も言われずそのまま放っておいたら、
果たして大人になった今でも、
私は変わらず口をポカンと開けっぱなしでいただろうか。。。

いつのまにか頭の片隅に残る

幼い子どもの頃に受けた注意や指導がいつのまにか頭の片隅に残って、
無意識のうちにそれにとらわれていることって、意外に多いのではないだろうか。

ちょっとした癖、ちょっとした習慣、ちょっとした行動・・・、
私の噛み合わせのように、カラダへの影響だけでなく、
生活習慣や行動パターン、思考方法なども、
そういう影響が及んでいるのかもしれない。

だからこそ、
ん?!って気づく瞬間って大事。
どんなことでも、
ん?!って思ってみるのは、きっと悪くない。

噛みしめる悪影響を軽減するために

ちなみにこの噛み合わせ、最近は学会でも注目のテーマの一つだとか。
眠っているときに噛みしめる力は、
昼間や食事中の噛む力とは比較にならないほど強いのだそうだ。
だから悪影響を軽減させるためには、
できれば眠っているときに噛みしめないようにしたい。

ということで、私は眠っているときに噛みしめないようにするための
「ナイトピース」なるものを作ることになった。

しかしこれをはめて眠る睡眠妨害の影響はどうなんだろう。
いったいどっちのほうが大事なのか・・・。
まあやってみて様子を確認してから考えることにしよう。




体験参加も受付中です。
 11月12日(木)18:30~


   自分と向き合うことはなかなか難しいもの。
   講師にお招きする今井さんは、お墓参りがその大きなきっかけになると言います。
   11月は、お墓をきっかけに、自分と向き合うことを考えます。


   会員制の継続講座ですが、初回は体験参加できます。
   体験参加費用;3,000円(消費税別)
   お申し込み、お問い合わせはこちらまで。
    

2015年8月21日

醸し出される雰囲気とは何か? コミュニケーションの要素にヒントがあった。

いくら目鼻立ちが整っているからと言って、見た目がいいとは限らない。
目鼻立ちがパッとしなくても、とても魅力的に見える人がいる。
・・・・私はずっとそう思っています。
私が「人の顔」をおもしろがり、注目するところはそこなのですが、

そこには、コミュニケーションと大きな関係があるようです。


コミュニケーションの3要素

コミュニケーションにもいろいろあるが、
直接会う対面のコミュニケーションの場合の要素は三つ。
一つは話の内容 二つ目が話し方、三つ目が態度・表情。

この要素が相手に与える影響度合いは以下の通りだという法則がある。

 話の内容が、7%
 話し方が、38%
 態度・表情が、55%


これを初めて知った時、衝撃を受けた。
なに〜?!
話の内容はたった7%だって?!

態度や表情が全体の半分以上を占め、次に重要なのが話し方。
話の内容など1割にも満たないというのか。。。。
営業として対面で提案をする機会が多かった私にとっては、
初めてこれを知ったとき、自分を否定されたような気がしたものである。

これは「メラビアンのコミュニケーションの3要素」と言われるもので、

 話の内容とは、言語、
 話し方とは、声のトーン (聴覚)
 態度・表情とは、身体言語(ボディーランゲージ) (視覚)

と、そこでは整理される。
参考)アルバート・メラビアン Wikipedia

内容だけで勝負しようとしても、実はなかなかそうなれない

私はどこか、話の内容にこだわっていたところがあった。
コミュニケーション力で大事なのは話の内容。
内容が面白くなければしょうがない、と。

でも考えてみれば、
どんなにスジが通って正しい内容であっても、それを言う人が誰かによって
感動すら覚えたり、すんなり受け入れられたり、受け入れがたかったり
することがある。
それはもう理屈なんかじゃない。

その人のことを好きかどうかということも関係するだろうが
初対面であっても、スーッと入ってくる場合とそうでない場合があるのだから
コミュニケーションというのは、話の内容以上に聴覚とか視覚とか
によって作られるもの、という説があるのも納得できる。

静かな話し方、楽しい話し方、明るい話し方、暗い話し方・・・
エラそうな態度、上から目線、卑屈な態度、斜に構えた態度、いつもニコニコ、暗い表情・・・
それらは、醸し出す雰囲気そのものである。

会話だけじゃなく、講演なんかでもそうだ。

コミュニケーションの要素である「話し方」や「態度・表情」とは、
まさに醸し出す雰囲気の要素でもあるのだ。

雰囲気は蓄積し、にじみ出てくる

メラビアンの法則では、言語、聴覚、視覚と言われることから、

 要は見た目でしょ?!
 やっぱり見た目が大事!

と言う人も多いけれど、私はそこはちょっと違うと思う。
視覚というのは見た目の良し悪しではなくて、雰囲気が映し出される見た目だと思っている。

私がこだわってきたお葬式に飾る遺影をはじめ、人の「顔」「顔つき」も同じで、
要は見た目、視覚ではあるのだけど、
それが、目鼻立ちの美醜以上に感じさせるムード、オーラ、雰囲気というのが
顔つきに表われてきて、その影響が大きいから人の「顔」にこだわってきたのだ。
顔、顔つきは見た目だけじゃない、
それ以上に雰囲気が語るものがある、と。

だから、遺影だって、企業なら社長の顔写真だって、
個人ブランドを重視する人はプロフィール写真だって、
実は綺麗かどうか以上に、その人の雰囲気が伝わるかどうかを大事に
したほうがいい、と訴えて続けてきた。
それは今でも変わらずそう思う。

ではその雰囲気はどうやって作られていくのか?
それは、それまでの生き方が滲み出てくる結果なのだと私は考えている。
だから雰囲気と言うのは、時間と共にその人に蓄積していくのだ、と。
知らず知らずのうちに時間と共にじわじわと変わっていく。
あるコトがきっかけでガラッと変わる。
当の本人は、それにほぼ気がつかない。

 石崎さんって「顔」「顔つき」にこだわっているくせに、
 ご自分は怖そうに見えるよね。
 ふとした瞬間に口角が下がってつまらなそうにしてるように見える。
 話をしているときに眉間にシワを寄せていて、険しい感じがする。

私自身も、親しい人に言われることがある。
そんな風に思っていないのに、そんなつもりもないのに、
自分が思いもしない雰囲気を醸し出していることがあるようだ。
それは私がそれまでに無理をしていたから?
我慢をしていたから?
自分をいじめていたから?

日々の蓄積でじわじわと・・・・
毎日を自分らしく生きていくことが、きっと未来の雰囲気につながっていく。





エンディングノートで、自分らしく生きることを考えていく講座開催中
毎月第2水曜日、18:30~、麻布十番にて。
体験参加募集中

 9月9日(水)のテーマ
   もしも今・・・?!
    命にかかわる医療について、もう少し考えてみる




       

2015年7月28日

「若く見えるより魅力的に見えたいの」Over60のNYマダム達から教わること


若く見えるより魅力的に見えたいの

Over60のマダム達にスポットを当てたドキュメンタリー映画に出ていた一人の女性が語った。
映画、「アドバンスト・スタイル~そのファッションが人生~」の一コマだ。


新聞に掲載された広告

実はこの映画、
写真集発売と合わせて開催された写真展に出かけたときに知った。
私はファッションにはとんと疎いのだけれど、
写真展でたくさんのOver60のマダム達を見て、お洒落をしたくなった。
ワクワクしちゃう、楽しくなっちゃう・・・
そんな気がした。
たぶん、写真展にいた私は、一人だったけど笑っていたと思う。

写真集は、
Advanced Style--ニューヨークで見つけた上級者のおしゃれスナップ


映画では、そのなかの7人が紹介されていた。
これを着ればモテる、みんなから浮かないのはコレ、できる女に見せるには、
・・・・そんな小手先じゃなくて、自分の魅せ方をちゃんと知ってるマダムたちのファッション。
ファッションとは、自分を表現すること。
生き方そのものである!とマダムたちは教えてくれる。
今まで大変だったこと、楽しかったこと、生きる上での信条、ファッションへの思い・・・
映画の中で、そんなことをいろいろ語っていた。

いろいろあったから、今がある。
年齢を重ねているからこその魅力が、あちこちに溢れている。
それは、私が常々「顔」「顔つき」について言っていることではあるけれど
ファッションもそうなのだと教えてくれる。

それでも加齢は残酷で、映画ではそんなきれいごとだけじゃないことも最後に語っている。
哀しいこと、怖いこと、辛いこと・・・・

それでもやっぱり力強い。カッコいい。
あんなふうになれたらいいなあ・・・・

若く見えるより魅力的に見えたいの

そうだ、そうだ。
かつては、
私、たぶん人より若く見えるかも・・・そんなことを自慢に思っていた頃もあったけれど、魅力的でなければ意味なし!
今、私の周りには、素敵な先輩が何人もいる。その方々は魅力的だ。

魅力的に見えるってなんだろう。
そんなことをたくさん考えさせてくれる、写真集と映画だ。
で、私が映画を見て思う魅力的というのは、結局のところ、自分らしくいるかどうかに尽きるように思う。

人は歳をとると、自分自身を受け入れるようになるわ。
自己評価が寛容になるのよ。
私は私。どうにもならないでしょう?
   (会場で購入した映画のプログラムより部分抜粋)

これは、映画に出てきた95歳のマダムが言った言葉。
しばしば自分を受け入れられなくなる私だが、年をとることが怖くなくなる。楽しみになる。
私をとても嬉しくさせる。
自分らしく生きることを大事にしようと改めて思う。

この映画、5月29日公開ロードショーで、私はすぐに観に行った。
観たとき、気持ちがいっぱいでどうやって文章にしようかなと思ってたら、こんなに時間が経ってしまったのだけれど、どうやら場所によって今も公開されている模様です。



全女性、いや男性にもオススメです。






2015年7月17日

証明書用の顔写真、どんな写真にしたい? どれくらい気にしますか?

10月には割り振られる12桁のマイナンバー、年明け1月にはマイナンバーカードへの引き換えと運用が始まる。


マイナンバーのキャラクター、マイナちゃん(内閣府のホームページより)

よくよく聞いてみれば、マイナンバーカードには写真が入るという。
その写真が入る仕組みってどうなってるんだろう。
どこで撮られるのかな。

私は、
生き方が顔に出るからブランディングにもそういう顔つきを生かしましょう
と提唱しているので、日常的に人のプロフィール写真が気になる人だ。
ときにはブランディングと合わせて、
プロフィール写真の使い方アドバイスや撮影プロデュースもする。
(自分のプロフィール写真についてはこの際棚に上げとく)

そんなこともあって、写真が入るというマイナンバーカードが気になり、
7月10日に、マイナンバーとは何か、気をつけるべきことは何かについて教えてもらうセミナーを自ら主催して開催したばかりだ。

それによると、マイナンバーカードを手に入れるまでの流れはこうだ。

1)個人ごとに割り振られた12桁のマイナンバーが、10月に住民票がある場所に書類と共に郵送されてくる。

2)書類に必要事項を書いて、写真を同封して返送する。

3)1月になったら、できあがったカードを区役所(町村役場)に取りに行く。

4)大人の場合は、10年間そのカードが有効になりそうだ。

むむむ?!
写真は、運転免許証のように、カード発行手続き段階でどこかで撮影されるものと思いこんでいたが、そうではなく自分で用意して郵送するのだ。

運転免許証の場合は免許センターでアッと言う間に撮影されるものだけど、
マイナンバーカードの写真は自分で用意する。
果たしてどんな写真を用意するだろう。
どの写真にしようかと、どの程度気にするだろうか。

気になるのは使用期間。10年有効となると、結構長い。

流れとしては、パスポートに近いけど、
パスポートよりは使いそうな気がする(度々海外に行く人でない限りは)。

カードのオモテ面に写真が入る。
こちら側は、いわば身分証明用のだ。
肝心の12けた番号は、裏面に入る。
だから、12けた番号はむやみに人に教えないほうがいい、というわけ。

さて、そのカードを何に使うかと言えば、今のところは以下の三つだけ。

1)社会保障
2)税
3)災害対策

これが将来的にどんどん拡大しそう、というのが
マイナンバーについてなんとな~くイヤな感じがするモトです。。。

こういうマイナンバーカードの肝心の写真だけど・・・・
う~ん、どんな写真にするか、みんな気にするかなあ。

だって、その写真入りのマイナンバーカード、
大人の場合は10年使用すると言うのだから。やっぱり気にはなるかも。

10年後に嬉しくなるくらい若作りしちゃおう!とか、
多少微笑んだ写真にしちゃおう!とか、思うのかなあ。

街中にある、児童の証明書写真ボックスに入ってサクッと撮るのかなあ。
それとも、お友達や家族同士で撮ったりするのかなあ。
それとも写真屋さんに撮ってもらったりするのかなあ。

そもそもわざわざ写真撮ったりなんかせず、今ある写真から探すのかなあ。
今やデジカメだから、昔のデータを見ながらどうしようかなあって?!

マイナンバーカード、実はここが私の知りたいところ。

え~っ?!そこ~?!

そんな声が聞こえてきそうですが・・・、すみません。
もちろん制度自体もすごく気にはなるのですが(汗)。

個人情報にナーバスになりながらも、個人ブランドが重視され、
どんどん増える個人事業主はプロフィール写真に気を遣い、
一般の人でもfacebookなどのSNSでは自分の顔写真を出すのが普通になり、
モデルさんのようにメイクして、
本人とはわからないくらいにきれいに化けたプロフィール写真までが横行する
今の時代。
自分の顔や見られ方を気にする人は、今、とても増えている。

その時、マイナンバーカードの写真はどうなるだろう?!
人はどうするだろう?!

私自身は、「顔」「顔つき」にこだわりがある人だけれど、
マイナンバーカードについては、どうでもいいと思っている。

今回開催したマイナンバーセミナー参加者からも、

証明写真というのは、
写りが悪いぐらいでちょうどいいという思い込みがあります。
あんまり素敵な笑顔でもヘンというか。

というメールをくれた方がいらっしゃいました。

だけど、もしも急に亡くなって写真が必要になって急いで探さなくてはいけなくなったとき、なかなか写真が見つからなかったら。マイナンバーカードの写真が使われる可能性はある。
例えば、お葬儀で遺影用写真を探しておてなかなか見つからないとき、
きっとマイナンバーカードから加工されるに違いない(今までは運転免許証だ)。

でも、本来マイナンバーカードの写真は身分証明の役割。
身分証明とは違う用途で使いたい顔写真だったら、
マイナンバーカードとは別の写真をすぐにわかるようにしておけばいいだけの話なんだけどね。

身分証明と自己紹介、プロフィールはやっぱりちょっと意味合いが違うと思う。
でもちょうどいい機会だから、兼ねようと思うのも十分ありだけど。

さて、あなたはこの機会に、自分のお気イ入り写真を撮りますか?



2015年7月15日

自分が知りたいと思うことは、自分以外にも知りたいと思う人がいる。~マイナンバー制度のセミナーを開催してみて

まだまだ先だと思っていたけど、10月には個人ごとに割り振られた12桁のマイナンバーが郵送されてくるそうだ。
そして年明け1月にはマイナンバーの運用が始まる。

何のカードなのか、どんなふうに使われるカードなのか。
自分自身がそれによってどんな影響を受けるのか、受けないのか、
もうすぐ始まるというのに、私はまったくわかっていなかった。

周りに聞いてみると、大企業ではそろそろ対策を考えようとはしているけれど、具体的にどうやって対策するか、まだ会社としても明確な方針が決まっていないところが多いようだった。
それでも、会社によっては、専門家に相談したり、会社として研修を発注したり、少しづつ動き始めている。
ときどき、自治体(やその関係団体)が一般市民ために基礎的な説明会を開いているところもあると聞くが、私の周りにはあまり見つけられない。

こういう国の新しい動きがある時、
小さな会社や個人事業主は、自ら動かないと、情報から取り残されてしまいがちなんだなあ。

私は、個人事業主としても、また一般市民としても、基礎的なことをちゃんと知りたい、と思った。
総務省のサイトを見る、資料を読む、本を読む・・・いろんな方法があるだろうけど、
私の場合は、
まずはわかりやすく話してくれる人から、その人の言葉で、教えてもらいたい。

そうすれば、自分にとって大事なこと、どうでもいいことなどがなんとなくわかる。
そういうことをまず整理した上で、サイトを見る、資料を読む、本を読む
・・・・この方がはるかに理解が進むし、結果的に学びの時短にもなる。
・・・・そう思う人は、きっと他にもいるのではないか?

そう思って、自ら企画し、開催したのがセミナー「マイナンバー制度を知る」だった。

話を聞くんだったら、
できれば企業にマイナンバー対策を提供しているような専門家さんから、
できれば専門家であってもわかりやすく説明してくれる人から、
~それが私の望みだった。

そこで社労士の田邊雅子さんに声をかけ、説得し、無理を承知でお願いし、
快諾いただいて、今回のセミナーが実現した。


私は、マイナンバーとは何か、気をつけるべきことは何かについて、体系的に話を聞ける機会を作りたかった。

いざ当日、私が知りたいと思ったように、ほかにも知りたいと思う方が多数おられたようで、
今回、大勢の方においでいただき、どうもありがとうございました。

せっかくの機会なので、もしも知りたい方がいらっしゃればご一緒に、と思い、
Facebookを中心に呼びかけてみたが、私と直接つながりがない参加者が3割。
個人事業主の方に、という切り口で呼びかけたが、フタを開けてみれば総務人事系部署に属する会社員の参加が半分。
個人事業主は確かに多かったとはいえ、副業や予備軍の人たちも、実は会社員でもあった。

セミナーでは話の途中でも次々と質問が飛び出した。
中には、今の国の進め方への不満までが飛び出した。
私も一番後ろの席から、他の参加者と同様に挙手していろいろ質問させてもらった。
講師には、その質問一つ一つに丁寧に答えてもらった。
参加者からの質問に対して、別の参加者が自らの法律関係知識をもとに回答を話すような場面もあり、参加者の関心の高さがうかがえた。

とは言え、実際には不確定要素もあり、まだまだ国の動き、自治体の動きをにらみながら、というところも多そうである。

私自身が講師としてセミナーをやるのではなく、
今回のように、私がテーマを考え、その内容の専門家を検討し、私から直接ご本人にお願いする形での開催を、私は時々企画している。
そこには、私自身がその方のお話を聞きたいからという思いももちろんあるのだが、
せっかくならこの人の話をほかの方にもお聞かせしたい、という思いがある。

そういう形で開催すると、
「石崎さんが選んだ講師らしい人だね。わかりやすかった。」
「こういう話をする人をよく呼んできたね。」
「石崎さんも参加者と一緒になって質問するんですね。」
と言われることが多い。
今回も同じような感想をいただき概ね好評に終了できて、ホッとしている。
講師をお引き受けくださった田邊雅子さんのおかげだ。

講師の
我々国民がどうリテラシーを上げていくかが課題だ、
という言葉は、大いにうなづけるところ。
どんなことも人任せにできない、すべては自分のリテラシー、という時代に入ったことを改めて実感するのである。


参加者の方が、ブログで参加報告を書いてくれました。
セミナーで教えてもらった内容が書かれています。ご参考まで。

カッキーの『めざせ♪オモロウゴ』
http://ameblo.jp/86077739/entry-12049109598.html

2015年6月18日

自分らしい「いい顔」、生きざまが表われた「いい顔」とは、どんな顔なのか?

私が、人の顔・顔つきにこだわり始めて、たぶん20年くらいになると思う。

目鼻立ちがいいかどうかではないところで、
この人、いい顔してるなあ。
しばらく見ないうちに顔つきが変わった。
・・・と思うことが増えてきたのが、たぶん20年くらい前からなのだ。

そこから遺影に対しても興味を持つようになり、
私がエンディングノートに出会ったことは、たびたび書いている通りだ。

さて、私が
「いい顔」と定義するのは、心惹かれる顔のこと。
魅力的な顔のこと。
「この人、いい顔してるなあ」と思わず唸ってしまうような。
知らない人さえも心を動かされるような。
それはニコパチ顔とは少し違う。

そういう顔にはそれまでの人生が滲み出ている。
ただの綺麗な顔とは違う「何か」がある。

そういう顔になるには、いったい何が必要なのか。

人はどんな時にいい顔になるのだろうか?

生きざまが表われた顔とはどういう顔なのか?

生きざまと顔の関係~自分の顔について考える~」だった。

いい顔とは?
楽しい時の顔、
幸せを感じている顔、
何かを達成した顔、・・・

生きざまが表われた顔とは?
カッコつけてない顔、
没頭している顔
深いしわ、
見る側の感じ方、・・・・




講座の中では、参加者から出てきた「いい顔」「生きざまが表われた顔」についてのいろいろな意見を受け、私からの提案をする。
  いい顔になるために必要なのは何か。
  自分らしい生きざまが表われる顔は、**で育てられる。・・・

今の顔は今までの生き方が表れる。
ということは、今の生き方が将来の顔のモトになるのだ

事前の宿題だった「自分らしい顔を探し、その写真を持参すること」を
最後に参加者さんと確認したのだが、
20年前から今までの「いい顔」写真をいくつか探して持参してきた参加者さんがいた。
それを見て、ご本人も、参加者さんも、もちろん私も、一同で納得。
顔には生き方が表われる、って机上の空論じゃない。

顔は正直だ。
いつだって、生き方が問われている。



トラベシアのエンディングノート講座
http://www.travessia-endingnote.biz/group/index.html




 7月8日  もし親(配偶者)が認知症と診断されたら?
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 8月19日 モノの整理と心の関係~自分のモノ整理、親のモノ整理~
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 6月10日 生きざまと顔の関係 自分の顔について考える。
        終了しました 

2015年5月12日

一人のいろんな顔は、意外になんとなくバレてるもの。隠している方が恥ずかしいこともある。

会社の顔、家庭の顔、趣味の場での顔・・・

人にはいろんなコミュニティがあり、誰にもそれぞれに応じた顔が
きっとあるだろう。

私は何もかもをオープンにするのではなく、
それぞれの場でそれぞれの顔を出すというのをヨシとしていた。
それが、TPOに応じて、というものだと思っていた。

さらに、一人でいろいろな顔をたくさん持っている、という人を
私はカッコいいと思っていたようだ。
たぶん若い頃からずっと。

そのせいか、
××なイメージを抱いていた人が、実は○○、
みたいな意外性には、めっぽう弱かった。
それだけでその人がメチャクチャ魅力的に思え、勘違いした失敗もある(苦笑)。
単にこっちの思い込みに過ぎないのだが。

そんなこともあってか、
自分自身もたくさんの顔を持っていた方がいいと考えていたようだ。
しかも意外性があれば、尚よいと。

 会社では遊びの顔をあまり見せない方がいい。
 どんなふうに遊んでいるのか、休日にどんなふうに過ごしているのかを
 敢えて知らせない方がいい。
 だけど、ふとした時にチラッと見えると、ちょっとカッコいいかも?。

今となっては笑い話だが、どうやら私にはそんな思い込みがあったようだ。
もはや7年以上前のことだが、会社にいる頃の私は
そんな風に思っていたことに今さらながら気がつくのである。
随分恥ずかしい自己顕示欲だ(汗)。

私は仕事も大好きだったけれど、遊びも大好きで
スキーをやり、キャンプをし、音楽をやり、ダンスをし、
大勢を集めた野外遊びイベントを主催し・・・・
いろんなことをやっていたけれど、
会社の中ではそれについてはあまり語らなかった。

そういう遊び仲間の一部が偶々社内の人であった場合には、
私は会社の中では彼らとほとんど言葉を交わさなかった。
彼らは、私がそういうことを社内でオープンにしたがらない気配を悟り、
社内でそういう話題しないように気をつけていたらしい。

当時の私は、仕事の場に遊びを持ち込むのをヨシとしなかったし、
私は後輩には厳しかったつもりなので、
そんな顔を仕事の場で知られたら示しがつかないと勝手に思っていたのだ。

だけど、社内にいた遊び仲間は、全く違うように思っていたらしい。

 公子さんは自分が厳しい人、仕事では怖い人だと思っているだろうけど
 周りは意外にそうは思っていない。
 オッチョコチョイだったり、ヌケていたり、
 そういうことを含めて、周りは公子さんを見ているんだから
 別に気負わなくてもいいんだけど・・・ね。

あはは、なんともお恥ずかしい話で・・・・
自分では結構うまく演出しているつもりでも、意外に周りは知っている。
「素」のままでいいのに。

今でも私は、どこかオープンにしきれない弱さがある。
ちょっと秘密、あまり知られたくない、と(苦笑)。

今の時代は、どこかでいろんなことがすぐにバレてしまう。
どんなふうに生きてきたのか、調べようと思えば普通の人でも簡単に調べられる。
その人の仕事だけでなく、働き方だけでなく
実はいろんな部分が見える方が信頼を得やすい時代でもある。

いくつもの顔を持つ人が素敵だと、私は思う。
意外性もやっぱり魅力だろうと思う。

だけど、そのいくつもの顔を持つのは一人の人間であり、ベースは一つ。
必ずつながっている。
いくつもの顔は別個のものではなくて、積み上がることできっと価値を持つのだろう。
足し算ではなく掛け算で。







 5月18日 人生の地図を描く(マンダラエンディングノートを使って)
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 6月10日 生きざまと顔の関係 自分の顔について考える。
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2015年5月6日

選挙で最後のお願いと言うんだったら、やっぱり候補者はポスターの「顔」を気にした方がいいんじゃないかと思う。

4月26日、ゴールデンウィーク直前の4月の最終日曜日は東京の区議会議員選挙だった。


「顔つき」に注目する私としては、選挙ポスターは興味津々だった。
特に街頭演説の「生身(ナマミ)の様子」と、「ポスター写真」との違いには驚かされた。
その違いが、果たして投票行動に影響が出るのかどうか・・・と。

特に私が注目していたのは、選挙ポスターの撮影のされかた(顔つき)。
気になったのは、目線がカメラよりやや上の方になっていて、
口角を不自然なくらい上げて撮影されたポスターだ。
私から見ると、なんだか嘘くさくて却って信用ならないような気もする。

そういう不自然なくらい「いい顔」にしたポスターの人の
選挙結果を確認してみると、当選している人、落選している人、いろいろだ。

投票結果については、顔写真だけでなく
候補者の思いや信条、実績、組織力等、様々なことが影響するであろうから
一概には語れないけれど、
私の地元、世田谷区の場合で実際に当選した人を見てみると、
候補者の3割以上が無所属だったが、無所属の当選者は2割以下。
無所属の人は組織力も弱く、資金面も心細く、写真もあまりよくなくて・・・という
状況が想像でき、選挙は不利なのかもしれないなと思われた。

実際、政党がついている場合は写真がいいケースが多かった。
特に公明党の候補者の場合は、
目線は上向き、口角はしっかり上がっている傾向が強い。
さらに肌もすべすべでシワもない「顔」が多い。

おそらく撮影の時にはプロのメイクさんがついて、
場合によっては撮影写真のデジタル加工も施されているであろうと思われた。

選挙は、市民にとって大事な権利ではあるけれど、
区議会議員選挙でいったいどれだけの人が
候補者の政策や信条で投票をしているだろうか。

私も、投票に当たってはいろいろな印刷物を目にしたり、
駅前の街頭演説を聞いたりすることはあったけれど、
自分の思いに近い人はどの人なのかを判断するのはなかなか難しい。
結局投票する直前まで、誰に投票するかを決められなかった。

投票日には、多くの人が投票所に入る前に選挙ポスター掲示板の前に立ち、
ポスターを眺めながら考えている光景を目にした。

ポスターの顔と選挙結果との間に相関関係があるのかどうかは、
今回はっきりわからなかったけれど、
 それでも投票前の最後の一押しは、選挙ポスターの顔なのではないだろうか。

私は、遺影に相応しい顔、プロフィールに相応しい顔、については
今までいろいろ言ってきたけれど、選挙にも選挙のための顔写真があるはずだ。

選挙ポスターではどんな顔(表情)を出すのがいいのか。
どんな写真だったらいいのか。

きりっとした顔の方がいい、
笑っている顔がいい、
動きのある顔がいい、
・・・・等はいろいろあるだろうが、
そういう表情と当落との相関関係は、今回の選挙ではわからなかった。
それは候補者の個性によって、変わるように思えた。

それでも大前提としては、ピントが合った写真であること。
そして、印刷してもクリアであること。
そんなこと・・・と言われそうだが、意外にもそうではない写真が、
無所属の人にはちらほら目立ったのである。

そしていくら写真がきれいであっても、
もし街頭演説をする人であるなら、演説している時の顔と
違い過ぎない方がいいとも思った。
私自身が実際驚いたので。

誠実さとか一生懸命さとかは、必ずしもきれいな顔から出てくるとは限らない。
選挙活動中に街頭演説している人には一生懸命な人が多く
演説している時の顔の方が、私から見て魅力的な人が目立った。





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 5月18日 人生の地図を描く(マンダラエンディングノートを使って)
       体験参加は満員御礼となりました。
 

2015年4月23日

「何がわからないか、わからない」ことが苦しい。なぜならモヤモヤに迷い込んでいくから。

わからないことがあれば、今やネットでなんでも調べられる。
まあ、怪しい情報もいっぱいあるけれど、それでも調べればいろんなことがわかる。

昔は本屋さんに行き、図書館に行き、詳しそうな人に電話をして聞いて、
場合によってはその人を訪ねにも行き・・・・
今考えると、嘘のような話だ。

インターネットの登場は産業革命だというのもうなずける。

だけど、問題になるのは何がわからないかがわからないとき。

何がわからないかわかれば、それについて調べればいいんだから。
わからないところを集中的にわかるようにすればいいのだ。

でもそれができない・・・・

肝心のインターネットも、何がわからないのかは教えてくれない。
自分に聞くしかないのだ。
その自分が、何がわからないかわからないから、苦しいのだ。
時にはわからないことにすら気づかないおともある。
なんかモヤモヤとした気持ちってこともある。

それも正解がないことだったりすると、ますます苦しくなる

この何がわからないかを自分で、ちゃんとわかる人、というのが、
今の時代は本当に頭のいい人なんだと思う。
学校の成績とは別の話だ。

だけど、そういう人は、今、あまり多くいない。
わからないことはなんでも簡単に調べられるようになったことで、
何がわからないかを考えたり気づく能力は、昔より劣ってきているようにも思う。

「何がわからないのか」の答えは、実は自分にしか出せないのだけど、
だけど一人ではなかなか見つけられず、トンネルの中に迷い込んでしまう。
モヤモヤと霧の中に迷いこんでしまうのだ。

何がわからないかがわからないことが、自分への自信を奪っていく。
モヤモヤしている不安・・・、
そんなこともわからない自分への情けない気持ち・・・、

ずっと停滞していた頭の中が、人と話している途中でフッと動き出すのを
感じることはないだろうか。

迷い込んでいる時間は大事な時間ではあるけれど、
一人でじっくり考える時間も大事な時間ではあるけれど、
それが長引く時には、一人だけで考えない方がいいと私は思っている。

一人で考えてわからなくて答えが出ないのが続くと、
私の場合は自分への自信をどんどん失い、自己否定ばかりするようになる。
そうなるとすべてがネガティブに変わり、ロクなことにはならないんだから。

例えば先輩に話してみるのも一つ。
先輩、と言っても年齢的な先輩だけではなく、その道の経験者の先輩、
先にやっていた先輩、学んでいた先輩・・・、


思わぬ視点をもらったり、ありえない言葉がきっかけで
「自分は何がわからなかったか」の答えに気づくことがある。

私の場合は、そうやっていろんな人に何度となくトンネルから引きずりだしてもらったなあと、今、思うのである。




あなたは本当に自分の価値に気づいていますか?
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2015年4月16日

生きることは、自分に「がんばれ」と言い続けること

気分というのは上がったり、下がったり・・・・。
それは自分の問題だったり、実績や結果など事実の反映だったり、
他の人や会社の事情を見たり聞いたりしたせいだったり、
メディアで社会の様子や環境を知ったからだったり、勉強したせいだったり。
たとえ自分が全然変わらなくても、まあいろんな事情で自分の視点が変わって
気分が上がったり下がったりすることがある。

個人的に私は、今週末がんばらなくてはいけない(がんばりたい)状況を迎えるので気分を上げたくて、映画を見に行った。

普段そんなに映画を観る方ではないのだが、今の映画館は昔よりもずっと快適。
私は気分を上げたい時、どっぷり泣きたい時、などに一人で映画を観に行くのだ。

観たのは「風に立つライオン」。

これを選んだ理由は、予告編で見たこのセリフ。

「僕は9人も殺してきた」
「それならば一生をかけて10人の命を救うんだ。」
「未来はそのためにあるんだよ。」

そして、そこに流れる音楽、さだまさしのきれいな声。
よく見たら、原作もさだまさしさんだった。

ヨシ!これは上がりそうだ!(笑)
そう思って、この映画を観に行ったのだ。

映画の中で、主役の大沢たかおさんが叫んでいた。

がんばれー! がんばれー! がんばれー!

「がんばれ!」と言うのは人に言う言葉じゃない。
あれは自分に言う言葉なんだ。

・・・・そっか。
ヨシ、ヨシ。気分が上がってきた(笑)。

私も今週末のために自分に言おうと思う。

がんばれー!

生きていれば嬉しいこと、楽しいコト、いいことはたくさんあるけど
反面、つらいこと、苦しいこと、悲しいこと、やるせないことなどから
逃げ切ることはできない。
考えてみれば、
生きることは自分に「がんばれ!」を言い続けることなのかもしれない。

日頃から人の顔つきに興味がある私だが、
「がんばれ!」と言った分だけ、人の顔つきは変わってくるのかもしれないと気づいた。


今回映画を観たのは、個人的に気分を上げたくなったことに加え、
ちょうどポッカリ時間が空いたから。
しかも女性だけの申し訳ないくらいの割引日でもあったので、即決行したのだ。
こういう自由は、私がフリーランスになって嬉しいことの一つでもある(^^;;。



次回のテーマは、人生の地図を描く(マンダラエンディングノートを使って)
5月18日開催。体験参加募集中。


2015年4月7日

誰でもいろんな顔を持つ。その顔は、「怖そうな人!」「面白そうな人!」・・・ 顔は勝手に語る。

年間8万枚の撮影、年間90万字の執筆をこなすカメライター(カメラマン&ライター)、トラベルライターで、ブロガーとしても絶大な人気を博すかさこさん。

http://kasakoblog.exblog.jp/


かさこさんのブログは、私の興味領域とも一致する「生き方」や「働き方」
についてもしばしば書かれているが、その記事はかなりの辛口。
例えば下記のような感じで、読んでいる方まで冷や汗ものだ(苦笑)。







これが実際に会ってみると、
かさこさんは時々くすっと笑い、どこかはにかんだ表情すら見せる。
話をしてみると実に穏やかな語り口調、虫も殺さないような感じで、
優しさで包みこむような雰囲気を醸し出している。
いろいろなものに好意的な関心を示す。
美しい女性を前にすると、さらにニコニコになる(笑)。

現在、そのかさこさんのプロフィール写真は、
プライベートの旅先で娘さん(3歳?)が撮影した写真らしい。
(そういう話をSNSで読んだことがある。)

けれど、私がもらったかさこさんの名刺の写真をはじめ、
かさこさんがそれまで外に出していた写真や、通常公開されている写真と
いうのは、証明書写真のような真顔でいらっしゃる。

例えば、このブログ記事
http://kasakoblog.exblog.jp/22929329/

に出ているのは「好きを仕事に」の講座終了時の記念写真だが、
まさにこういう顔をしばしば公開されている。


かさこさんは去年から「好きを仕事に」をテーマにかさこ塾を開講している。
この4月からは6期生が始まり、
今は6月2日スタートの7期生募集が始まったばかりだ。
http://www.sanctuarybooks.jp/eventblog/index.php?e=960


かさこさんのブログだけしか知らず、会ったことがない人は
これまでのかさこさんの顔写真を見て
きっとかさこさんを怖い人だと思っているのではないだろうか。

先日、イベント会場で久しぶりにかさこさんと会った。

そのかさこさんがカウンセラーコンサルタント@Rinさんとお二人でいた際に、
私は、カウンセラーコンサルタント@Rinさんからスマホのシャッターを押すのを
頼まれた。
その時の写真がこちら。

(写真提供は、カウンセラーコンサルタント@Rinさん


正確に言うと、この写真を撮る前に、もう1枚の写真がある。
実はそちらの方がまず頼まれてシャッターを押した写真だった。
そのかさこさんはいつもの真顔のかさこさんだったのだ。
だけど、これじゃ本来のかさこさんらしさが出ていないなあ、と思って
私がもう一度シャッターを押したのがこれ。

女性とのツーショットにちょっとにやけていて(失礼!)、
まるで学校の同級生のようにかさこさんと仲良くなれそうな雰囲気や
気安さが伝わるのではないかと思うのだがいかがだろうか。

よく見ればかさこさんのピントがちゃんと合っているわけではない。
写真として技術的にうまいかどうかは疑問ではある。

でも、どんな人なのかを伝える上で必要な「顔」は、
撮影技術よりもどんな顔を見せるかどうかだと私は思うのだが、いかがだろうか。
どんな人にもいろんな顔があるから。

かさこ塾を知りながらかさこさんが怖いかもと思っている人も、
この顔を見れば親近感がぐっと増すのではないだろうか。

これが顔の持つ力であると、私は思っている。

ちなみに、カウンセラーコンサルタント@Rinさんに聞いたところ、
この前にシャッターを押した真顔のかさこさんが写った写真は既に削除されたそうな。

ところで、普段私が撮影プロデュースをするとき、
私はカメラマンではないので、撮影するのはもちろんプロのカメラマンだ。
その写真を出す場面にふさわしいその人の顔を探し、
その顔を引き出すのが私の役目である。




ときどき開催中 その人らしいいい顔撮影会
http://www.travessia-endingnote.biz/past_seminar/index.html#ad04

ご興味のある方はお問い合わせくださいね。

2015年4月3日

自分の顔写真が年齢と共にどんどん減っていく

風景や景色ではなく、自分の写真となると、
家族や親せきの集まり、旅行など、何か特別な機会がないと撮らなくなりがち。
ライフスタイルや人にもよるけれど、年齢を重ねるとだんだん自分が写っている写真の枚数が減っていく人が多いようだ。

子どもが小さい頃は家族イベントも多いし、あちこち旅行したりもするので、そのたびに撮影してどんどん写真が増えるのだけれど、子どもが大きくなると一緒に出かける機会も減り、家族で写真を撮る機会が減ってくるからだ。

そうすると自分が写っている写真も激減していく。
あとはせいぜい、親戚の結婚式くらいだろうか。

さらに女性の場合は、カメラを向けると「写真は嫌い」と言って逃げ出す人も多くなる。
シミやしわが増え、否応なく加齢を突きつけられる。
鏡の中の自分の顔と、
自分の記憶にあるかつてのイメージとの違いにうんざりするからだ。

だけど、そのうんざりは、来年、再来年になればもっとうんざりする。
だって、どんどん年はとるんだし、シミや皺はどんどん増えるはずだから。

逃げ回っている今のうちに撮っておけばいいのに。
後々、きっとそう後悔するはずだ。

そう言う私も、人のカメラにデータが残る場合には、逃げ回ることが多い。
だから人に見せるかどうかは、また別の話だ。

それでも顔はどんどん変わるのだから、今の顔を記録しておくといい。
いつ、誰と、何をしている、どんな時の顔か。
できればオスマシ顔だけでなく、日常の顔を。
周りの人が見ているのはそういう顔なのだから。
そういう顔には、その時の心がけや思いも写るように思う。

だから私がオススメするのは、定期的に自分撮影をすること。
自分で自分を確認する。

 やだ、私、こんな風にしてる・・・。

 思ったよりも私、悪くないかも・・・。

いろいろ思うことがあるはずだ。

確認することで少し自信を取り戻せることもあるし、
もう少し穏やかに暮らそうとか、きりっとしなくちゃとか、気持ちが変わってくることもある。

人間ドックみたいな、言わば、心がけの定期検診だ。
カラダはの定期検診はちゃんとやるのに、心の定期検診ってなぜやらないだろう。
自己採点、自分で確認するのに、自分の普段の顔写真を見るっていう方法は、
簡単だし、有効だと思う。




2015年4月1日

「自分に自信が持てない」と思ったことがない人なんて、あんまりいないようだ。

言われてびっくりしたのだけれど、どうやら私は自信満々に見えるようだ。
たまにはそういう時もあるかもしれないが、そんな時はめったにない。
意外と人が私を自信満々に見ている時ほど、内心はそんなことはないような気がする。

 自分に自信を持ちなさい。
 もっと自分に自信を持って。

そう言う人が多い。
本人にとってはそんなことは百も承知だけど
そうなりたいと思うけれど、そうなれないから困るのだ。

巷には自信をもつためのハウツー本があふれ、ベストセラーも多い。





そういう本に惹かれて読んでみたりすることもあるけれど、
読んだから自信がつく、なんて特効薬はない。
でもいろいろあるんだから、それだけもっと自分に自信を持ちたいと思う人が多い証でもある。

私自身、
「自信満々に見えるんだから、そのイメージをうまく使うといいのに。」と
言われたことがあるが、冗談じゃない!
決して自信満々じゃないのに自信満々に見られることが、
私としては困ったものだと感じるのだ。

どうして私はこんなに自信がないのだろう。
もっと自信が持てればいいのに。
・・・私がそう思う時は、自分だけがダメ人間のように感じている時だ。
しかし、実際にいろんな人と話していると、
そういう思いを感じたことがない人、というのはそうそういないということに気づく。

「え?あなたでもそういう風に思うことがあるんですか?!」
と、改めて驚いてしまうことがある。
私から見れば、そんなことを感じていたなんて到底思えないような
心が強そうな人さえも、だ。

強気に語っているように見えるホリエモンだって、ユニクロの柳井会長だって、
お会いしたことはないけど、きっとそういう思いを抱いたこともあるんじゃないかな・・・
などと想像して、うふふ、と思う。

まあ冷静に考えれば、そりゃあいろんなことがあるから、
誰だってそういうことがあるのだろうが、
自信がないのは自分(のようなダメな人間)だから自信が持てないのだ、と
どこか無意識に思い込んでいるところがある。

大体、「自信がない」とは言いながら、
どんな人でもずっと自信がなかった、というわけではないだろう。
今までの人生で、生涯を通じて(子どもの頃からずっと)
いつもいつも、24時間365日、何年もずっと自信がなく悶々とし続けてきた、という
わけではないのではないか。

私の場合は、ひどく自信を無くしている時期と、
自信があるとかないとかそういうことを全く気にしていない時期とが
繰り返して訪れてくるような気がする。
そのふり幅が、小さかったり大きかったり、
インターバルが短かったり、長かったりしながら、繰り返し訪れてくる。

改めて考えてみると、その自信を無くしている時期というのは、私の場合、
人からどう見られているかが気になる時期、気にしている時期のように思う。
人からの見られ方、人の評価、周りの評判・・・
その「人」というのも、漠然と周りの人だったり、
自分が尊敬する人のように特定の人だったり・・・。

あとは、どこか人を羨ましく思って自分と比べているときだ。

私がそうであるように、堂々としているように見える人であっても、
意外とそういう繰り返しををしていて、
そういう人も、周りからの見られ方を気にしたり、周りと比較したり、
ということがあるようだ。
話をしてみると、そういうことが覗ける。

だけど、つまるところ、人の物差しじゃなくて自分の物差しで考えられるかどうか。
~結局は、どうもそこに尽きるように思う。

結局、自分が自分らしくあること。
自分らしく生きられるかどうか、ということなのだ。
自分で納得しているかどうか・・・

そういうことは、きっとじわじわと顔にも表れていくに違いない。
いくらその瞬間自信満々に見えても、内心オドオドしていたら
その数年後の顔には、どこか違う雰囲気が漂うようになるんじゃないか。
そんな気がしてならない。

だから時々立て直さないと、ね。





第13回になる4月のテーマは、
「宗教のはなし ~生きる上で仏教が果たせる役割~」。
お坊さんにお話を聞きます。
開催は4月8日。体験参加受付中。



おなやみ相談フェスティバルで名刺に出した顔写真診断を行います。
4月4日、東京・水道橋(御茶ノ水)の「YMCAアジア青少年センター」で。




2015年3月28日

自分の自分らしい「いい顔」は、自分ではなかなか見ることができない。

誰でも、自分の顔は子どもの頃からずっと見ている。
見慣れているけれど、でもそれは鏡に映る自分の顔だ。
人が見ている自分の顔は、実は自分ではなかなか見ることができない。

でも、その人らしい「いい顔」というのは、本来、自分は知らない顔。
・・・私はずっとそう思ってきた。

「この人、なんていい顔するんだろう!」と私が思う人の顔というのは、
だいたい何かに夢中な時の顔だったり、真剣な顔だったり、
楽しそうにおしゃべりしている顔だったり、ゆったりのんびりした顔だったり
するからだ。
きっとそういう顔は、自分では見られない。
鏡の中では絶対に見られない顔だ。

私が「いい顔」の撮影サービスを始めようと思ったのは、
そういう顔をその人に見せてあげたかったから。
ふだんのあなたって、こんなにいい顔してるのよ!〜そう伝えたかった。

私自身がそうやって撮ってもらった顔を見て、意外に感じ、
でもちょっと嬉しかった、という本音もある。
実際、お客さんからも「あれ?!私ってこんな顔してますかね?」と
言われることが多い。
自分の普段の顔って、なかなか知らないものだ。

半年ほど前にこんな動画がSNSで話題になったことがある。
http://feely.jp/426/

カンヌでグランプリを受賞した、「ダヴ」のCM。
私がずっと思っていたことを表現されていた。

日本には、奥ゆかしさや控え目を美徳とする歴史がある。
私たちは子どもの頃から無意識のうちに
ものそれを教え込まれ、
知らないうちに謙遜を身につけてきたのではないか。

「私なんて・・・」「どうせ・・・」
十人十色のありのままのよさを認められなくなり、
そのうち見なくなり、
ワンパターンの美しさに向かっていったような気がする。
今、みんな同じような化粧をし、みんな同じような顔になっている。
若い人は特に、そういうモデルっぽい、モデルに似たような顔をよく見る。
プロに写真を撮ってもらう人には、そういう顔の写真を撮ってもらう人が多い。
たしかにキレイだけど、どこか嘘くさい顔に見える。

この動画の最後の言葉が、私にはしみる。
「気づいてください。あなたは自分が思うよりもずっと美しい。」

ちょっとした表情やにじみ出る雰囲気・・・
それは必ずしも「美しさ」とは言えないかもしれないけれど、
そこには、「美しさ」を超える魅力があり、
人が惹かれるのは、そういうところだと私は思うのだがいかがだろうか。
目鼻立ちの美しさ以上に、そういうところに心を動かされる。
特に年齢を重ねた顔にはそういうものが出てくると思うのである。





あなたらしさを引き出す大人のための撮影、アイ・フェイス i-face
http://www.travessia-i-face.jp/


おなやみ相談フェスティバルで名刺に出した顔写真診断を行います。
4月4日、東京・水道橋(御茶ノ水)の「YMCAアジア青少年センター」で。

2015年3月26日

名刺に顔写真を出すんだったら、考えた方がいいと思うこと

何度となく言ってきていることだが、
私は目鼻立ち・顔立ちではなくて、「顔つき」が気になっている。
「顔つき」にはそれまでの生き方がにじみ出てくると思うから。

私は長く広告業界で仕事をしてきた。
つまりイメージづくりやイメージアップ、売りにつながる広告やPRを
追及してきたわけだが、このイメージを伝える上で、
「顔つき」が果たす役割ってあるんじゃないかと考えている。

商品を開発した人の顔、商品を作った人の顔、サービスを提供する人の顔・・・、
「顔」を見せることは、リアリティにつながる。

この顔の人が提供する、ということはいわば署名のようなもの。
顔がわからなかった時よりも、より信頼できるというか、
決してごまかしてなどいない、と伝えるような雰囲気がある。

例えば10年くらい前からよく目にするようになった、野菜の作り手の「顔」。
同じ野菜でも、農家の人の顔が出た野菜だったら安心できる、という感覚を抱く人は
多いはずだ。

「顔」を出すことは、うやむやなものをはっきりさせる効果があったり、
胡散臭いと見られがちなもの(こと)も、顔を見せることで軽減させる効果もある。

ただ、この顔が嘘くさい顔だと、逆効果になることもある。
いざご対面となった時に、あらかじめ出ていた顔と全然違うために信用がガタ落ちに
なることもある。

ちあみにこのブログで最も読まれている記事はこれ↓

 今の時代のプロフィール写真、その撮り方とは
 http://kimikoishizaki.blogspot.jp/2014/08/blog-post_19.html

なんだかんだ言って、写真を出そうと思う人なら、どんな顔にしようかと気になるのではないか。

一般的には名刺に顔写真を出す場合は、いい写真を、綺麗な写真を、と
言われている。
けれど、私はもしも名刺やWebサイト、パンフレット等々イメージ発信するツールに
顔写真を出すというのであれば、綺麗な写真かどうかよりも、
その商品を開発・販売する者として、そのサービスを提供する者として、
信用を得られる顔つきになっているか、を重視したほうがよいと思っている。

ただ、自分の顔の目鼻立ちのことは自分でもわかるけれど、
この顔つきというものは、残念ながら自分ではなかなかわからないものなのだ。
もうちょっと**すればもっとよさが出るのに、と思う人は少なくない。
中には勘違いしていると思われる人がいて残念だ。

ツールに顔が出すことに躊躇する人も多いだろう。
既に顔写真を出しているけれど、それが客観的にはどのように見えるのか。
商品・サービスを提供する者として、ツールに出すのにふさわしい顔写真とは
どういうものか、等々、気になる人もいるのではないか。


4月に、いろんなお悩み相談を受ける人が60人勢ぞろいするイベントがある。

おなやみ相談フェスティバル
http://onayamisoudanfes.wix.com/nayafes

相談と言っても、内容はとても多岐にわたる。
お金の相談、介護の相談、アロマセラピーや占い、ハンドマッサージや
筆跡診断などなど、不思議で面白そうな人たちも集まり、
気楽な悩みも、重めの悩みも、会場でいろんな人が格安で聞いてくれる。

縁あって、私もそこに出展することになったので、
私は、名刺に出した顔写真診断を行うことにしました。
診断は無料なので、ご興味のある方は会場にてお待ちしてします。


くどいようですが、自分の顔つきと言うのは自分ではなかなかわかりません。
だから私自身も、顔にこだわると言いながらも、
自分のことを棚に上げないと言えないところがつらい(苦笑)。

「そんなこと言ってる石崎さんが出している顔もちょっと・・・・」
そういう声、ありましたらぜひお聞かせください。
私自身も客観的な声に耳を傾けたいと思います。
ただし、あくまでも「顔つき」で、「目鼻立ち」の顔についてはお受けしておりませんので(汗)。


2015年3月15日

生き方が顔に出てくる。だから声が聞こえてきそうな写真を。・・・ 取材されました

毎週日曜日の朝日新聞のページ、Reライフ。
今日、3月15日のテーマは遺影だった。

巣鴨の百歳王写真館が取り上げられていた。
ここは去年秋にオープンした写真館。
オーナーの小野さんは、百歳(以上)の人を200人以上撮影してきたカメラマンだ。

小野さんが撮影する百歳(以上)を見ると、
思わず「いい顔!」と言いたくなるような顔が次々と・・・!
そこには、目鼻立ち以上に大事な「何か」が確実にある。
年齢を重ねた人の顔と言うのは、生き方そのものだとつくづく思うのだ。

そんなこともあって、先日開催した「いい顔撮影会」は百歳王写真館で、小野さんに撮影をお願いしたのだ。

さて、その小野さんが紹介された記事で、少しだけ私のコメントも掲載されました。


思えば、私が顔に興味を持ち始めてからどれくらいたつだろう。
最初は10代の頃からだったけれど、生きざまが滲み出てくる顔、顔つきに興味を持ち始めたのは30代になってから。
その究極が遺影だと考えるようになったことがきっかけで、私はエンディングノートに出会ったのだった。

顔、顔つき、遺影についてだったら、言いたいことがいっぱいあった。
なかなかそういうことを書くご縁には恵まれず、でもエンディングノートについて書くご縁をいただいて書かせてもらったのがこの本。



エンディングノートというと、
相続関係や葬儀関係、法律関係等の、終活のプロ、専門家と言われる方々が
監修したり、解説したりすることが多いなかで、たぶん私はとても異色。
なんせ、広告業界出身で、終活業界とのご縁も実績もなかったのだから。

だから、あくまでも一般の人目線で
エンディングノートにどんな問題があるのか、どんなメリットがあるのか、
どうやって書けばいいのか、をこの本で書いた。

ただ、正直言って私は顔に興味があり、遺影への関心が強かった。
エンディングノートの入口も、まずは顔だ。
顔には生き方が滲み出てくるから、同時にその人の生きざまにも興味があった。
だから、拙著には遺影に関わる私の思いや、考え方、エンディングノートとの関係などが出てくる。

今回、遺影についての取材を受けた際、担当の記者さんがこの本をよく読んでくださった。
こちらは、記者さんが持参された拙著。



ちなみに朝日新聞「Reライフ」コーナーでは、去年夏のテーマ、エンディングノートの際にも取材を受け、今回は第2回目。

こんなにいっぱい付箋があり、嬉しくなって、思わず写真を撮らせてもらいました。
記者さんによれば、上の付箋は、エンディングノートの書き方、ポイントだそうで、
横の付箋は、遺影に関係する内容なのだとか・・・。

エンディングノートも、遺影も、その人の人生が大きくかかわる。

人の生き方、人の生きざま。
そういうことに興味があるって、誰だってそうじゃないかと思うのだが、いかがだろうか?
人の魅力って、どんな生き方をしてきたか・・・そういうところに、ぎゅっと詰まっているのでは?
そう思うのは、私だけじゃないと思うのだが、いかがでしょう?

みんな、人の生き方に感動したり、腹立たしく思ったりするのではないかしら。
近しい人であれば、どういう人生だったか知りたい、と思うのはごく自然なことではないかしら。

私は、エンディングノートって、そういう生きざまを改めて自分自身で考えたり、
それを誰かに伝えたりするためのものだと思う。




第13回になる4月のテーマは、
「宗教のはなし ~生きる上で仏教が果たせる役割~」。
お坊さんにお話を聞きます。
開催は4月8日。体験参加受付中。



ちなみに今日の掲載記事はこちら。



2015年3月13日

その人の「素(す)」に魅力が詰まっている

ふとした時に出る「素(す)」の表情に魅力が詰まっている

これ、直木賞作家、西加奈子さんが、NHK[あさイチ」(3月13日)で語っていた。
私も、まさしくそう思う。

メチャクチャ偉そうな人が、ふとした時に見せるあどけなさや弱さ。
頼りなさげな人が、ある瞬間に見せる力強さ。
・・・

人の魅力って、そういう時にぐっと高まると思うんだけど、どうだろうか。

それが見える表情、顔に、私はとても惹かれる。
ちょっと眉が上がったり、目が力強くなったり、目尻に優しい皺が出たり。

今まで怖そうに思っていたから、直接会うのは避けていた。
悪い人じゃなさそうだけど、仕事を頼む気持ちにはならない。
・・・そういうこと、意外に多いのではないだろうか。

だけど、抱いていたイメージとは違うことがわかると、
一気に距離感が縮まる。
だったら一度会ってみようかな、
仕事をお願いしてみようかな、と思うことはないだろうか。

そういう時に、「顔」のチカラって結構大きいはずだと私は思っている。

西加奈子さんの言葉は、それをうまく表してくれた。

日常の顔、できるだけ自然ないつもの顔を出していくことももちろん大事なんだけど、
そういうふとした時に出るまた別の「素」の顔。

意外に本人は、
日常の顔も、「素」の顔も、あまり気づいていない知らない顔だと思う。
本人が知っている自分の顔というのは、仏は鏡に映っている顔だから。

だから、どうしても証明書写真風のきちんとした写真や、
ちょっと斜めに立ってモデルさんのように綺麗なオスマシ写真が選ばれ、
世の中にはそういう顔がよく出てくるのだろう。

もちろん、ビジネスの写真はちゃんとプロに撮ってもらいましょう、
というコンサルタントが多いのは事実だし、私もその方がいいとは思う。

けれど、人が心を動かされる顔というのは、
必ずしもきれいな写真とは限らないことを知っておきたい。
私が顔、それも顔つきにこだわっている理由の一つに、そういうことがある。

会社の顔として出す経営者の顔写真、
相談業務が多い士業のプロフィール写真、
・・・

仕事ができること、優秀であることはもちろん大事なことではあるけれど、
お客様はそれだけではない「何か」を求めているのも事実。

その人はどんな人で、どんな強みがあって、
仕事をするときにどんな顔をしているのか。
私が顧客だったら、そういう顔が見たい。
そして、できればその顔に、その人のビジョンが垣間見えたり、
ちょっと想像できそうだったりしたらベストだと思う。

誰もがきちんとした写真がいいとは限らない。
本人が気づいていない魅力的な顔がきっとある。

ちなみに、西加奈子さんが直木賞を受賞した作品はこちら。




正直なところ、私は上記作品も今までの西加奈子さんの作品も読んだことがなく、
西加奈子さんがどういう人なのか知らない。
けれど、
ふとした「素」が出る表情に魅力が詰まっている
と言うところに、「そうそう!」と思ったので、改めて作品を読んでみようと思う。



トラベシアの、「その人らしい“いい顔”撮影会報告」

2015年3月12日

その人らしい「いい顔」撮影会 ご報告

1ヶ月以上も前になるけど、「いい顔」にこだわってきた私が主催した撮影会にご報告です。


1月31日(土) 、その人らしい「いい顔」をとらえる「“いい顔”撮影会」を開催しました。


撮影場所は、東京・巣鴨の百歳王写真館で。

 遺影にしてもいいくらいお気に入りの写真を持っていますか?
 あなたのプロフィール写真は、ウソをついていませんか?

・・・そんな呼びかけで、
長年「いい顔」にこだわってきた私が、事前セッションとセットで開催した撮影会。

撮影会の約1週間前に、これまでのご経験や思いを伺う打ち合わせ(=ヒキダシストセッション)を行い、そのお話をもとに、いい顔を引き出す撮影を行いました。

ちなみに撮影会ではありますが、私自身はカメラマンではありません。
私が行う撮影プロデュースも、撮影会も、撮影するのは
もちろんプロのカメラマンの方。
私は、ただお話をお聞きする係です。

と言うのも、その方の本当にいいお顔を引き出すうえで、
どんなお話をしながら撮影するかが大事だと考えているからです。
人によって、それは嬉しい話だったり、苦労話だったり、人それぞれです。

だから撮影の数日前に実際にお会いして、お話をお聞きし、
どんなお話の時にどんな顔をするかを事前に確認してから撮影に臨みました。


数十点の写真を納品するのですが、その際には、
カメラマンチョイスとヒキダシストチョイスをそれぞれ選びます。
ご自身が選ぶお気に入りの顔と同じかどうか?!・・・それもお楽しみの一つ。

撮影会だから、できあがった写真を納品するのはもちろんなのですが、
 
 撮影に当たって(撮影中に)どんなお話をしたか、

 その人はどんなお話をしている時にどんなお顔をされるか、

 どんなお話をした時にその人が魅力的になるか、目が輝くか、


・・・そんなことも、簡単なメモにして添えました。
これまでは口頭でお伝えするのみだったので、
このメモ添えは今回初めての試みでしたが、これが好評でした。

当日の様子はトラベシアの過去の開催ページでもご紹介しています。


いい顔を引き出すプロフィール撮影をご希望の方、承ります。
お申し込み・お問い合わせはこちらから。