直接的な仕事相手にはならなくても、意見を聞いたり、業界情報を聞く取材などで、ビジネスの話を聞くために人に会う、ということは多い。
先日、私は小さな不動産会社の経営者に会った。経営者は79歳の女性で、私にとっては初対面だった。
彼女は不動産会社に勤務しているときに宅建の資格を取った。それが1950年代後半の話だ。その20数年後にその会社は自己破産する。当時彼女は役員でもあったので大変な時期であったには違いないが、幸い債権者に迷惑をかけることなく処理が終わり、その後、彼女自身が自ら新たに不動産会社を起こす。時代はバブルを迎え、その波にも乗って会社は大きく成長する。しかしそれから20年。彼女は、いつ仕事を辞めてもいいようにと業務を縮小し、かつて雇用していた人には退職金を払い、今は二人だけでやっている小さな不動産会社だ。今までお世話になったお客さんとのご縁だけで仕事を続けているという。「業界の集まりに出ると、オレのお袋よりも年上だ。なんて言われて、もうイヤになっちゃうわ。だから行きたくないの。」とケラケラ笑う。
彼女自身は、50年以上マンションの販売や賃貸管理業などを続けている。40年ほど前に投資用にマンションを購入したお客さんは、そのまま賃貸に出す際に彼女に依頼した。持ち主が年をとり代変わりをするときには名義変更など遺産相続の手続きまで行う。そのまま賃貸業務が継続し、ご縁が切れないままになるので、なかなか仕事をやめるわけにもいかないと笑う。そうして、数十年前にお世話になったお客さんとのご縁だけで業務を続けており、新規のお客さんとの取引はほとんど受けないそうだが、彼女の顧客数はかなりの数に上る。
彼女と話していて驚くのは、その人柄だ。温かさ、包容力、共感力。ジーンズを穿いて打ち合わせに臨み、話題は豊富で、私のような若輩者が言うのも憚られるが、実にチャーミングだ。経営者で長年の経験があるとはいえ、偉そうなところは、まったくない。私は今回、自分自身の不動産問題でセカンドオピニオンがほしくなり、意見を求めたくて面会するに至ったのだが、今後ぜひとも長くお付き合い願いたいと思うような魅力満載の人だった。
彼女によく似た、80歳を超える小さな広告代理店の取締役(男性)を、ふと思い出した。彼は取締役とは言うものの、現場密着型の現役営業マンだ。偉そうなところがなく、温かさ、包容力があり、謙虚だ。そして、赤いマフラーに帽子を身につけ、実にお洒落だ。
世の中の定年から考えれば、明らかにそれを大幅に超えるお二人だが、二人ともとても魅力的だ。長く仕事を続けるということは、長く顧客との関係が持続するということであり、それはその人自身が魅力的でなければ、成し得ないことに違いない。結局は人間力だ。