「整形しちゃダメだよ。」
顔は、年齢とともに生きてきたいろいろなものが出てくるからいいんだ。けど、整形するとそこに無理が出てくるから。
~というのが、その理由だったそうだ。
当時の原田美枝子さんはまだ若くピチピチで、監督の言葉に対し、笑って「整形なんてしませんよ~」とかわしたそうだが、当時は故黒澤監督の言う意味など全く理解できてなどいなかったと言う 。
今になって、年をとればシワも出るし、やっぱりイヤだ。でもだからと言って、整形するというのも・・・、そう言えば、それがいいんだと言われたよなあ、と今思い出す、と言う。
たしかに、失礼ながら原田美枝子さんは年をとった。シワも増えたとは思う。
だけど私は若い頃の彼女よりも今の彼女の方が好きだ。
若い頃よりも品があり、ぐんと知性と優しい包容力が感じられ、とても素敵に年を重ねているなと羨ましく思う。
若い頃よりも品があり、ぐんと知性と優しい包容力が感じられ、とても素敵に年を重ねているなと羨ましく思う。
そう。
巨匠、故黒澤監督が言うまでもなく、年齢を重ねると、ぞの顔にはいろいろなものが表れてくる。美人さんだったかどうかよりも大事な「何か」が、そこにはある。
それは知性だったり品格だったり、あるいは愛情だったり幸せだったり、もしくは楽しそうな様子だったり、満たされた様子だったり。
残念ながら、逆に幸(さち)薄そうだったり、貧相だったり、高慢だったりする顔になっていくことだってある。「そう。ある、ある」と頷く方々も多いに違いない。
若い頃には目鼻立ちが優先するのだが、年齢を重ねると、目鼻立ちよりもこういうことの方が先に目につく。
いくら着飾っても、気取っても、透けて見えてしまう気がする。
いくら着飾っても、気取っても、透けて見えてしまう気がする。
そこが怖いところだ。
これが整形をすると、故黒澤監督が言う「年齢を重ねるからこそのいい部分」が消えてしまいそうな怖さがある。
偽善のような「作られたモノ」無機的な感じになる。
しかも年をとるので周りの肉が弛む分、その隔たりが引き攣れたり不自然になって行くのだろう。
若いうちはいいけれど、年齢を重ねればメンテナンスしないと顔が壊れていく・・・らしい。
偽善のような「作られたモノ」無機的な感じになる。
しかも年をとるので周りの肉が弛む分、その隔たりが引き攣れたり不自然になって行くのだろう。
若いうちはいいけれど、年齢を重ねればメンテナンスしないと顔が壊れていく・・・らしい。
そう思ってはいても、プチ整形でシワが消えると聞けば、自然な顔にこだわっている私自身でさえも、「ん?なになに?ホント?」と心惹かれるてしまうのも事実。
加齢を素直に受け入れきれず、残念ながらジタバタしている私、とも言える。
このジタバタ感の方が、シワの存在よりも残念なのに・・・と頭では思うのだが、その思いが消せないのは、とりあえず微妙なオンナゴコロとでも言っておこうか。。。(苦笑)
それでもやっぱり、百歳の人の顔を見れば、「これこそが、年齢を重ねた人の顔のよさだよなあ~」と、また再認識するのである。
百歳にはまだ遠いとはいえ、今の積み重ねが未来に通じるのは何事においてもそうだ。
顔だって、間違いなくそうであることを、今の年になって私も一応理解できるし、やっぱり自分の未来のためにも、微妙なオンナゴコロなんかに惑わされてはならん!と思うのである。
このジタバタ感の方が、シワの存在よりも残念なのに・・・と頭では思うのだが、その思いが消せないのは、とりあえず微妙なオンナゴコロとでも言っておこうか。。。(苦笑)
それでもやっぱり、百歳の人の顔を見れば、「これこそが、年齢を重ねた人の顔のよさだよなあ~」と、また再認識するのである。
百歳にはまだ遠いとはいえ、今の積み重ねが未来に通じるのは何事においてもそうだ。
顔だって、間違いなくそうであることを、今の年になって私も一応理解できるし、やっぱり自分の未来のためにも、微妙なオンナゴコロなんかに惑わされてはならん!と思うのである。