電子書籍が話題に上るようになってから、どのくらい経つだろう。話題に上り始め頃は、まだスマートフォンが世の中に広まる前のことだ。
はじめの頃、出版業界は戦々恐々としていたように思う。まるで黒船襲来のように。一方で、この流れに遅れをとらないよう、各社が電子書籍への取組みを始めた時期でもある。
読者の立場でも、紙とちがうさまざまな価値を期待し、社会は電子書籍に注目した。
そして現在。
電子書籍は思ったようには普及していない。
私自身も、かなり注目していたわりには1冊しか持っていない。例え欲しくても、電子版が出ていなかったり、探すのが大変だったり、買い方がわからなかったりするからだ。
電子版と紙版-そもそも本来は作り方も、売り方も、仕組みや考え方が違う。
旧来の紙の本・雑誌は、書店で購入できるし、例えなくても取り寄せもできる。書店は年々数が減っているとはいえ、全国にその数、2010年の数字で15,519店。2000年に約22,000軒あったことを考えれば、かなり減ってはいるが、それでも大変な流通網だ。書店流通で長年展開してきた出版社にとっては、この流通網を大事にしなくてはならない事情もある。しかし、再販制度がとられる出版業界では、売れなければ返本されるし、昔ほど本が売れない今、次々と新刊本を出さなくてはならない宿命を抱えている。特に大手の出版社は長年の蓄積がある。
大手出版社の場合は、外部編集スタッフとの共同作業が多い。そのような本や雑誌の編集に関わるプロダクションの立場で見ると、出版社から支払われるコストは年々下がり、かつての3割程度にまで落ちているケースもある。そのため、編集プロダクションとしては、数をこなさなくては事業が継続できないし、必要以上に手をかけられなくもなっている。しかも編集プロダクションは紙の本を作ることを主体としてきているので、紙の本の前にまずは電子書籍からスタート、という取り組みはなかなか対応しにくい。
そうは言っても、超安価な電子書籍も多種出回ってはいる。これらは大手出版社ではなく、電子書籍専門出版社等で出していることが多い。紙の本は出ておらず、電子書籍のみの発行が多いことも特徴のひとつだ。種類は多いが、各々の部数はそう多くなく、著者も著名人でない人が多い。ほとんどは売場はWeb上で、リアル店舗を持たない。電子書籍の場合は、流通コストや印刷コストがかからない分、出版されにくいものハードルが低く、出版されやすい。電子書籍の場合、著者に入る印税の割合も、紙の本よりもはるかに大きいので、著者にとっては魅力もある。出版社にとっては、コストをかけずに紙の本を発行するかどうか判断する前に様子を見ることができるメリットもあるだろう。
さて読者はと言えば、電子書籍に対して、紙の本とは異なる価値を期待しがちだ。紙の本ではなかなか再現できない、Webサイトや携帯で慣れ親しんだデジタルの世界に近いものをイメージするからだ。しかも、紙の本よりも安価を期待する向きも否定できない。
けれども現実の電子書籍は、Webのような世界もないことはないが、紙の本をそのままPDF化したようなものが多い。価格も、大手出版社で出している電子書籍の場合は、紙の本とそう大差はない。実際に紙の本を発行している出版社は、そのままデータで販売すれば電子書籍になる。デジタル世界用に新たに手をかけることはコストも手間も大変だが、そのままデータ化するなら可能なので、そういう形になっていくのだろう。
実際、Webのような世界を再現する電子書籍を発行しようとしたら、紙のスタッフで進める編集作業では、技術も手間もコストも成立しなくなってしまう。
音楽がレコード→CD→データ(MP3)と変化していったように、「本」の世界も変化していくだろうか。
出版社が考える電子書籍、読者(消費者)が期待する電子書籍、著者が期待する電子書籍、みんなの思惑はそれぞれ違う。編集・制作側、出版社側、流通、そして読者-それぞれの立場で見ると、今の状況ではかみ合いにくくなっている。市場としての大きく成長しづらいのも、このあたりにあるのだろうと思う。が、それが必ずしも読者のニーズには合わないのだろう。小説など、テキストが命のものなら、紙の本をそのままPDF化したような電子書籍は成立するだろうが、雑誌や実用書など、写真や図解を多用したり、より深い情報まで欲しくなってしまうようなものは、読者から見るとPDFだけでは物足りなさが残り、電子書籍ならではの展開を期待してしまうことも否めない気がする。
電子書籍の未来は、どうなっていくのか? どこの事情が優先されるのか、もう少し時がたつと答えが出てくるのだろうか。