あ!って思うとすぐに「カシャッ」。
今やあちこちで音がする。
あんなにいっぱい写真を撮って、
その撮った写真、みんなどうしているんだろう?!
私は整理下手だから、後で整理しようと思いながら結局何もしない。
だから、特別な写真出ない限りは、スマホ写真はそのままスマホの中。
どうでもいい写真と大事な写真の区別ができず、めったに削除することもなく、
つい何でもかんでもとっておく。
だらしがないことに、放ったらかしだ。
おかげで、いろんな写真がいっぱいあるのだけれど、
いざ見たいと思った写真が、潜り込んでどこにあるのかはっきりせず、
見つけるのが大変なのは困りもの。
コンピュータなんだから、きっとその時々に合ったうまい探し方があるのだろうけど、
それもよくわからない。
携帯の空き容量が減ってもうダメ!となったところで慌てて削除する。
クラウド保管にして同期していても、保管容量に限度があるのは同じだ。
そんなわけで少し整理しなくてはいけない状況になり、
古いデータを確認していたら出てきたのがこの写真だ。
去年の6月、地下鉄の駅のホームで見つけた電飾の広告だ。
広告代理店に25年勤務していた私は、
今でも広告への興味がつきず、時々気になる広告をみつけると、つい写真を撮る。
「悩み100年~嗚呼、人生~」
広告主は読売新聞だった。
悩み・・・・
今も昔も、悩みがなくなることなどない。
悩むのは人間の特権だとか、悩むことこそが人生だとか
言った人がいたように思うが、
この広告は新聞社に寄せられた人生相談をベースにしたものだったようだ。
これで見る限り、悩みは大きく分けると、
①男女の恋愛、②親が子を心配する、③社会の人間関係に分けられる。
この三つは昔も今も変わらないテーマではあろうが、
この広告では、①男女の恋愛は、大正時代にしか出てこない。
大正三年 接吻され汚れた私、結婚の資格あるか
一一年 親に許されぬ自由結婚
恋愛事情が今と大きく違うのがよくわかる。
その心配するネタが時代の流れを反映している。
昭和 八年 心中未遂の学生を子に持って悩む母
三四年 テレビが買えず、子どもに肩身狭い想い
五九年 宗教にはまる息子、会社辞めアルバイト収入も献上
広告では昭和の悩みが圧倒的に多いけれど、平成に入って既に四半世紀。
平成の悩みは、それまでの悩みとはちょっと違うように感じるのは
急激な時代変化のスピードのせいだろうか。
平成五年 会社の上司がセクハラ・暴言・同僚は黙認
二二年 ややこしい家電にキレる夫、家中のものを壊しそう
二五年 SNSでトラブル、誘われてないと責める友人
時代の変化で、今後、想像もしないような悩みがでてくるのかもしれない。
人生には、そりゃあ悩みはつきものだけど、
きっといつの時代も、相手が誰かは別にしても、
その根源は人との関わり、関係性ゆえに悩むのが、人間なんだろうなあ、
などと、1年近く前の広告を見ながら思う次第・・・。